頑張れ!高咲高校吹奏楽部

水城ナオヤ

第1話

「もしもし、こちら松野くんのケータイですか?」


事の始まりは一本の電話からだった。


「はい、たしかに私は松野ですが、どちら様ですか?」


「あの、私、高咲高校2年の斎藤って言います。高松美紀さんから電話番号を聞いたんですけど、松野実くんですよね?」


高松美紀は私のひと学年上の先輩の名前である。この人は高松先輩の知り合いなのだろうか。


「そうですけど、高松さんが私になにか用事ですか?」


「いや、高松さんじゃなくて私が松野くんに話があるんだけど、君吹奏楽部に入ってくれない?」


「え、吹奏楽部?」


「うん、あれ、松野くん東部中学校で吹部に入ってたんだよね?高松さんからそう聞いていたんだけど」


「そうですけど、高咲高校の吹奏楽部は廃部になったって聞いていましたから」


「え、なに、一年生の間では私達廃部になったってことになってるの?」


「音楽の林先生はそのように言ってましたけど。気になって音楽室まで行ってみましたが部員らしい人もいなかったので」


「あ、音楽室行ったの?じゃあ壁に張り紙してたんだけど気づかなかったかな」


「え、張り紙?」


「あ、いいやいいや、てか音楽室まで行ったってことは松野くん吹部に入りたいんだよね?ううん、お願いだから入って。今部員が足りなくて本当に廃部になる寸前なの」


斎藤遥と名乗る先輩は新歓をすると言い、勝手に待ち合わせ場所と時間を私に教えて電話を切った。


吹奏楽部。あるのか、本当に。私はこの春に高咲高校へ入学した。高咲高校は元来合唱部は強豪だが、吹奏楽部は学校のホームページにも学校説明会で貰うパンフレットにも名前がなく、てっきり存在しないものだとばかり思っていた。


私は中学生のとき吹奏楽部でトランペットを担当していた。特に熱心な部員というわけでもなかったから、高校受験の段階で吹奏楽部があるかないかなんてそんなことを気にしていなかった。でも、あるとなるとやはり話は別だ。


高咲高校は数年前までは女子高だったため今でも女子生徒の割合が高い。年度によっても異なるが、大体2対1の割合で女子の方が多い。中学校まで吹奏楽部に入っていた生徒もそれなりに多いので、吹奏楽部があるとしたらそれなりに大きな部のはずだ。合唱部の陰に隠れてあまり知られていないだけで、実は結構強かったりするんじゃないのか、と私は考えた。だが何かおかしい。


翌日、私は齋藤先輩に半強制的に、高咲高校吹奏楽部の新入生歓迎会に参加させられた。会はサイゼリアで開催され、私を含め11名の新入生が参加した。参加したのは新入生のほかに先輩部員が5~6名で、なんとここに集まったのが咲校吹奏楽部のほぼ全メンバーだということを聞き私は愕然とした。


「あ、松野君!こっち、こっち」


齋藤先輩は気さくな人だった。私はこの会の参加者に一人も知り合いがおらず、また自分以外が全員女子生徒だったため人見知りっぷりを発揮して、はじめなにも言葉を発さなかった。そんな私を見かねた斎藤先輩はしきりに私に話題を振り、私が疎外感を感じないように気を使ってくれた。


「そういえば張り紙ってどういうのだったんですか?」


私は電話で気になったことを齋藤先輩に聞いた。


「ああ、これだよこれ」


齋藤先輩はリュックからクリアファイルを取り出し一枚の用紙を私に見せた。そこには 「音乐俱乐部新部员欢迎会4/12…」と怪しげな簡体字が書かれていた。


齋藤先輩は私たちに咲校吹奏楽部の現状を話してくれた。まずはじめに、高咲高校の吹奏楽部は存在しなかった。正確に言うと、部として認められていなかった。部として、というより同好会でも倶楽部でもない。学校が創部を認めてくれないのだ。


咲校は元来合唱が盛んで、今までに幾度もコンクールの全国大会に進出していた。その合唱部を率いているのが林希だ。彼女は15年前から咲校合唱部の顧問に君臨し続けており、合唱部を全国大会に導いてきた立役者でもあるが、吹奏楽部の創部に異常なまでに反対してきた張本人である。どうやら林先生は合唱部員を吹奏楽部に取られるのを危惧しているということだった。


練習場所は体育館横の道路に面した渡り廊下。本校舎からは体育館を挟んで遠く、車の往来も多いため楽器の音が林希のいる音楽室まで届きにくいのだという。私は愕然とした。なに、この学校の吹奏楽部はそこまで日陰の存在なのか。なぜこんなにもこそこそ活動しなければいけないんだ。そもそも生徒の自発的な取り組みを先生たちが否定する意味が分からない。


しかし、こんな大きな音が出る代物、先生たちも先輩が楽器の練習をしていることには少なくとも気が付いているはずだ。なぜ完全に練習を禁止せず、また部としても認めないのだろうか。釈然としない私に齋藤先輩が分かりやすく例えを出してくれた。


「松野くん、私たちがやっていることはね、リコーダーの練習と同じなの。小学校のころリコーダーの宿題出たよね。もし学校でリコーダーの練習をしたら先生たちは怒ったかしら?こうも考えてみて。いつも私たちが練習する体育館横にはタンポポが咲いているわよね。あのタンポポのスケッチをするのは禁止されているかしら。」


「私たちはね、ただリコーダーの練習をしているだけなの。うるさい、って言われたら、リコーダーに持ち替えて、これなら平気ですか?って聞くの。クラリネットの吹き方の課題なんて出てないだろ、って言われたら、タンポポの観察は課題ではないけどやったら問題ありますか?部活として認められていない、と言われたら、タンポポ観察クラブも部活ではありませんが、許可を取らなければ観察してはいけませんか?って言うのよ」


齋藤先輩の理論武装の見事さには恐れ入った。しかし吹奏楽部とタンポポ観察クラブが同列とは。そこまで自らを卑下することはないのにと思ってしまう。(私は別にタンポポ観察クラブを見下しているつもりはない)


歓迎会に集まった11人の1年生は全員何かしらの人脈で中学時代吹奏楽部に入っていたことを齋藤先輩に「発見」され、私のように「スカウト」された人間だった。11人のうち、同じグループに属すると思われる3人は齋藤先輩の話を聞き顔をしかめ、また6人ほどは明らかに引いている。


彼女らの反応も無理はない。看板部の顧問から敵視され、多くの先生からは見て見ぬふり、今のところ部員は一桁しか在籍しておらず、コンクールはおろか文化祭にすら出られない。誰も好き好んでこんな集団に入りたいとは思わないだろう。


案の定翌日の初日の練習に参加した新入部員は私をふくめわずか2人だった。(続く)

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