第37話 敵対と再会

 ずっと疑問に思っていた。


 新沼には巨大なハンマーがあり、彼女らしい戦い方ができるのにもかかわらず、毎回毎回、中途半端な威力しか出せないのか。

 力いっぱい振り抜くだけでいいのに、それが彼女の持ち味だと言うのに、一体なにが彼女の歯車を狂わせてしまっているのか――。


 速度がなければ威力もないハンマーなど恐くもなんともない。

 床を割る一撃さえも出せず、亀裂に留まった、振り終えたハンマーを、きらなが余裕で避けていた。

 ハンマーを再度操ろうと床から持ち上げた隙だらけの新沼に、きらなの強烈な蹴りが直撃する。


 床を何度もバウンドしながら水切り石のように飛んでいく彼女の姿がビルの壁を突き破って外へと落下してしまった。


 周囲はビルが立ち並ぶ、まるで樹林だ。

 獲物を発見しにくい環境と言える。


 ひとまず新沼を追いかけ、下に向かおうと翼を使い、ゆっくりと安全運転で地面に足をつけた。

 ……蹴り一つで思いもよらない結果が出てきらなも少々戸惑っていた。


 元々の運動神経からは考えられない威力と身のこなしである。

 怪人となったきらなの魔法は身体能力の向上なのかもしれない。


「うわっ、なにあれ!?」


 骨組みの巨大なテディベアであるが、その正体まではきらなも分からない。

 ただ、骨組みということは、こみどりちゃんが関係しているはずなので、脅威にはならないと判断したのだ。


 その巨大さゆえに見上げていたから、ではなく、恐らくきらなは素であっても気付かないだろう。

 身体能力は向上しているかもしれないが、視野が広くなったわけでも感覚が敏感になったわけでもない。


 きらなはきらなだ。


 足を踏み出したはいいが、足下にぴんと張られているロープがあることに気付かず、両足が取られ、くるんと一回転して尻餅をついた。


「??」


 となにが起きたのか分かっていなさそうなきょとんとした表情で後ろを向くと、今更ながらロープがあったことに気付く。

 むっとして翼を広げて今度は空中から移動しようと少しは頭が働いたようだが、ロープを足下に設置した者が、その対策をしていないわけもない。


 そこまで頭は回らないようで、


 浮上したきらなの翼に今度はビルとビルを繋ぐように張られたロープに引っかかった。

 今度は伸縮性のロープなので、上方向へ働いていた力がゴムの力で反対方向へ切り替えられる。

 倍になった力に押し負けてきらなの体が地面に叩きつけられた。


 地面にめり込んだきらなが、コンクリートの破片をばらまきながら、うがー! と頭を抜き取った。


「――こんな罠ばっかり、誰だ仕掛けたのはっ!?」


 きらなが知らないのも無理はない。

 この魔法は絵的な派手さもなければ、目視はできるがカメラ越しだと分かりにくい。


 目視できないとなれば怪人にも有効な魔法で重宝されるのだが、意外とくっきり見えてしまうので使いどころは限られている。


 新沼小隊の中でも最も使えない魔法と揶揄されてきた魔法であり、使い手の魔法少女もまた評価がそう高くない。

 戦闘に参加していてもなにをしていたのか、と後々に聞かれる始末である。


 それでも他の魔法少女と組み合わせた場合は厄介な魔法となり、目立たないし成果も見えにくいが、あるのとないのとでは天と地のほどの差がある。


 共に仕事をした者でしか分からない有用性があるため、新沼小隊の誰もが、彼女を認めている。

 そのポンコツな部分も含めて、彼女を中心に回っていると言ってもいい。


 世間は知らない、縁の下の魔法。

 きらなはその魔法を、ではなく、そんな使い方をするとは、知らなかったのだ。


 だからロープ、という時点で気付いても良かったはずだが、ぱっと記憶の引き出しを開けられるほど彼女は器用ではなかった。


「まるで、蜘蛛の巣に迷い込んだ蝶々のようだね、きらな」


 複雑に張り巡らされたロープのジャングルジム。

 その内の一本のロープの上に乗る魔法少女がいた。


「………………お姉、ちゃん……」



 ――――やっと、やっと会えた……声が聞けた、顔を見れた!


「お姉ちゃんッ!」


 翼を広げて飛び上がり、見えてしまえば簡単に避けられるロープをかいくぐってお姉ちゃんの元へ。

 彼女と向かい合うように設置されたロープを最後の足場にして、お姉ちゃんの胸に飛び込もうとするきらなだったが、瞬間で新たに設置された複数のロープで軌道が遮られた。


 伸縮するロープに弾かれ、翼を使い空中でなんとか踏み(?)止まる。


「な、なにするの!?」

「君が今どんな姿でなにをしているのか忘れているわけではないだろう? まさかこうして会いにきてくれたのだから受け入れてくれるとでも思ったのかい? ……甘え過ぎだ」


 ……忘れていた。

 お姉ちゃんと会えたことですっぽりと自分の姿と立場が抜け落ちてしまっていた。


 お姉ちゃんとこうして話すことが最優先目的ではあったが、怪人となってしまった以上は話すよりも先に彼女はきらなを退治しようとするはずだ。


 カメラに向かってああも宣言してしまえば、高原も加減はできない。

 カメラがどこにあって中継しているか分からない以上は、馴れ合うことはできない。


 怪人と密談している魔法少女と取られてしまえば高原の立場も危ういのだから。

 だけど、きらなにとってはこうして話せただけでも充分だった。


 その感情が漏れて、表情に現れてしまっている。


「えへへ……」

「にやけるんじゃないよ……君は怪人なんだ、もっと悪に徹したらどうだい」


「だって、台本なんてないんだもん、私は私のままの、素で立ってるから」


 きらなの目が語る。

 ……お姉ちゃんは?


「…………私は――」



 台本なんてない、演技をする必要なんてない。

 きらなはもしかして見抜いて言っているのだろうか、と高原はいらぬ心配で自らの心の首を絞め出した。


 息苦しい……。

 演技をすることが、ではない。

 我慢することが、だ。


 姉として、妹に見せるべき姿がある。

 姉として、妹のために――、自分の気持ちを押し殺した時など幾度とあった。


 弱さを見せてはならないと。それが姉のするべき対応だと、自覚していた。

 どこで知った強迫観念なのかは知らないが、彼女は自分に対して縛りが強過ぎる。


「……まったく、片方は欲望に忠実で、片方は強がって本音を聞かせないんだから」


 先輩をよく知る後輩が遠くから、向き合う姉妹を見てぽつりとこぼした。


「普段から見せつけてくれるくせに、互いの気持ちを本当に理解しているわけじゃないのはうんざりするほどに、見ていてイライラするわね――」


 姉離れをするべきだ、と高原はきらなに言っていたが、どの口が言う、と後輩は今の先輩を見て呆れていた。


 きらなが高原を頼り、憧れるのと同じように、

 高原もまた、きらなを誰よりも一番可愛がっていた。


「あなたの方が『妹離れ』するべきではないですか? 先輩」

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