お客を取り戻そう

焼き芋とワカメ

打倒はす向かい

 つい先日、うちのお店のはす向かいに新しいお店が出来ました。それが大きな問題で、うちもあちらも同じくラーメン屋なのです。と言っても、問題にしているのはお客さんを取られたうちだけかもしれません。向こうは繁盛していますが、このままではうちは潰れてしまうでしょう。


 私は曲がりなりにも看板娘をさせてもらっています。一年前、高校の帰りにスカウトされ、ついに芸能界デビュー? なんて浮かれてついて行ったら、着いた所はイマイチぱっとしない昔ながらのラーメン屋。断っても良かったのですが、その時の私は可愛いの連呼にすっかり気を良くし、ホイホイ看板娘になるという話を受けてしまったのです。


 私の仕事はただ椅子に座っているだけで、注文を取ったり、お皿を洗ったりなんてことすらしなくて構いません。そんなラクチンなアルバイトだからこれまで続けてきましたが、給料泥棒がごとき私の仕事ぶりに、私自身申し訳ないと思う気持ちが多分にあったので、本来参加しなくても良い作戦会議への参加を志願しました。もちろん作戦というのは、お客さんを取り戻す方法です。


 うちのお店の従業員は店長を除けば私しかいません。今日の営業が終わった後、私たちはカウンター席に腰かけ二人きりで会議を始めました。まずは店長が重々しく口を開きました。


「何度か向こうに偵察に行ったが、アレは美味い。味で勝負するのは無理だ」


 確かにうちのラーメンはそんなに美味しくありません。私もうちのラーメンはこの一年で二回しか食べていません。一回目は連れてこられたときに無理やり、二回目は気を使ってでした。

 ですが味で負けているからといって打つ手なしではありません。私は事前に考えていた作戦を提案します。


「やはり看板娘である私が不甲斐ないのがいけないと思います。ですから私が現役女子高生というネームを活かして、ここは文字通り一肌脱ぎます」


 自分のスタイルにそんなに自信はありませんが、酷いというほど悪くはないと思っています。きっと私なんかでも、若い娘が脱げば殿方の気を引くことは出来るでしょう。

 しかし、その案は即刻却下されてしまいました。


「そんなことさせられないよ。自分を大事にしなさい」


 優しく諭すように言う店長に、私は食い下がることが出来ませんでした。店長の役に立ちたいというこの強い思いは本当ですが、その店長の厚意を無下にすることも出来ませんでした。

 それから私たちは作戦会議だというのに会話なく、それぞれ頭の中で作戦を考え始めました。しかし、一向に良い案は浮かびません。店長も時折独り言を漏らしますが、名案は浮かばないようでした。


「あのラーメンさえなければ……」


 あのラーメンというのはきっと向こうの店のラーメンの事でしょうが、普通はうちに「あのラーメンがあれば……」という所ではないでしょうか? いやいや、店長の独り言に反応をしている場合ではありません。私も頑張って考えなければなりません。


 ……脱ぐのが駄目なら衣装を変えてみるというのは如何でしょうか。メイド服とかナース服とか、あるいは女性も意識して男装もアリかもしれません。もっとも私では、ご婦人方を満足させられるとは思えませんが。もういっそのこと私をクビにして、セクシーで大人な女性を新しく雇うべきでは。などと、いろいろ考えていると、突然店長は大きな声を上げました。


「分かった!」


 店長は飛び跳ねて大喜びしています。分かったというのは言うまでもなく、どうすれば良いか分かった、つまり名案が浮かんだという事でしょう。一体その名案というのはどんなものなのか、気になった私は内容を尋ねます。


「つまり向こうも、客に出すラーメンが無ければお客は来ないんだよ!」


 私は店長の言う事が分かるようで分かりません。確かにラーメンが無ければお客さんは帰ってしまうと思います。しかし、お客さんに出すラーメンが無くなる状況といえば品切れが普通です。それは繁盛しているのに他なりません。店長は何を分かったと言ったのでしょうか。もしかして、汚い手を使う気なのではないでしょうか。店長、見損ないました。

 よく分からないまま、今日は解散となりました。




 翌日、学校が休みだったので昼からの出勤です。お店に着くと、向こうのお店は相変わらず行列を作って繁盛しています。中を覗くと当然満席で、皆さん美味しそうにラーメンをすすっています。

 しかし店長によると、昨日思い付いた作戦を実行中だというので驚きです。それと同時に悲しくもなりました。作戦は早くも失敗、ついにこのお店も潰れてしまうのです。いよいよ友達に「私看板娘なんだ」と自慢出来なくなる日がやってきてしまうのです。


 私が肩を落とすと、店長は心配しなくても良いと言ってくれました。


「あの行列は、実は全部うちが送り込んだ刺客なんだ」


 ああ、やっぱり汚い手を使うつもりだったのですね、見損ないました。こんなあくどいことをする店の看板娘なんて、恥ずかしくて他人に言えません。

 しかし、私が店長を軽蔑するのをお構いなしに、店長は続けます。


「うちの刺客たちが向こうのラーメンを全部食っちまえば、向こうは客に出すラーメンが無くなっちまう。名案だろ?」


 それを聞いて私は、自分が早とちりしたのだと気が付きました。良かった、違法な行為は何一つされていなかったのです。ですが疑問が残ります。あの行列を形成する刺客たちは二十人は居るようです。


「どうやってあの人たちを用意したんですか?」

「ああ、雇ったんだよ」


 うちのお店は程なく潰れました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お客を取り戻そう 焼き芋とワカメ @yakiimo_wakame

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ