レガリア
えながゆうき
第1話
その日、世界は熱狂の渦に包まれた。
それもそのはず。今やこの世界になくてはならない存在になっている「バトルアーマー」の最新作が披露されたのだ。
バトルアーマー、それすなわち、世界平和の象徴。バトルアーマーを身に纏いし者は、人智の理を超えた存在となり、世界の悪しき者達をことごとくうち滅ぼす。
そんな多くの者達が憧れるバトルアーマーの中でも、頭ひとつ飛び抜けた性能を有するのが、レガリア製のバトルアーマーである。
今回の最新作はそんなレガリア製のバトルアーマーの中でも、特に優れた最高傑作だ、と言われており、披露される前から大きな話題となっていた。
そういった事情もあり、その日からしばらくは熱狂の冷めやらぬ日々が続いていた。
世界の平和を日や守り続けている国際警察。その本部より件のバトルアーマーが鴻上圭二に手渡されたのはそれから間もなくのことであった。
何でも実戦においてその性能を評価してもらいたい、とのことであり、レガリア社の女社長から直々に手渡された。
手渡されたバトルアーマーは開発会社の社名をとり「レガリア」と名付けられ、その名前は女社長の名前でもあった。
試験段階の時点で散々性能評価を行っているはずなのに、これいかに?と思いはしたものの、試験と実戦は違う。不測の事態が予想される実戦での正確な評価が必要なのだろうと一人納得し、二つ返事で引き受けた。
鴻上圭二は国際警察の特殊部隊に所属しており、部隊を率いる隊長として時に厳しく、いかなるときでも真面目に、その任務をこなしていた。
その実直な、言い換えればクソ真面目な性格ゆえに、隊員からは良い意味でも悪い意味でも一目置かれていた。
しかし、一目を置かれていた理由はそれだけではない。
鴻上圭二は歴代最強と言われるほど強かったのだ。
その日、いつものように国際警察本部から任務が圭二に下った。
国際指名手配されている凶悪犯が、今は廃墟となっている建て替え予定の超高層ビルに立て籠っている。周囲の市民に被害が出る前に、今すぐ排除せよ、とのことである。
圭二はいつものごとく自らがリーダーである特殊部隊を率いて任務にあたった。
先に与えられた真紅の新型バトルアーマー、レガリア、の性能は素晴らしく、柄にもなくはしゃいでしまった圭二であったが、今は落ち着きを取り戻していた。
「こちらリーダー、アルファ、ベータ、準備はいいか?」
「アルファ、いつでも行けます」
「ベータ、所定の位置に着きました」
「オーケー、ガンマ、デルタ、支援を頼む。シグマ、情報の共有化を頼んだぞ」
了解です、と個々の声が耳に届いたのを確認し、突入のタイミングを計った。
レガリアのフルフェイス画面の隅にカウントが表示される。
3・・・2・・・1・・・
圭二は犯罪者が立て籠る部屋の分厚いドアを軽々と蹴破った。
「国際警察だ!実力を行使されたくなければ、大人しく両手を挙げろ!」
光線銃を両手で構え、鴻上圭二が突入した先は・・・
草花がイキイキと生い茂る、のどかな平原であった。
(何だ、この空間は?敵の幻覚VRか!?)
このあまりに唐突な、あり得ない光景に思わず唸った。しかし、突入直前から機能しているレガリアのサーチ情報が、この光景が幻覚でないことをすでに示していた。
「アルファ、ベータ、聞こえるか?応答しろ!シグマ、現状を報告しろ!」
返事はなかった。しかし、返事を聞くまでもなく、周囲には誰一人居ないことがすでにレガリアによって示されていた。
その代わりに圭二の周囲には、やれスライムやらゴブリンやらワイルドウルフやら、何やら生き物らしき謎の名前がチラチラと表示されていた。
昔やったゲームかよ、と悪態をつきながらも現状把握の為に意識を集中した。
スライム、ゴブリン、そんな生き物は彼の元いた世界には存在しなかった。
圭二の世界では動物保護区と言う名の動物園以外では人間以外の生き物は存在していなかった。
そして僅かに生き残った生き物達は種類も数も少なく、絶滅するのはもはや時間の問題だった。
その為、多くの生き物はVRという形で博物館に映像としてのみ残っており、他の動物と触れ合うなど、夢のまた夢であった。
生存可能な土地は硬い金属で覆い囲われ、後は不毛な砂漠がただひたすらに広がっていた。
唯一の救いは、全てが砂漠になる前に完全循環型社会が形成されたことだろう。
そうしてなんとか人類は生き延びていたのだった。
レガリアの情報によれば、今いる場所は生存可能と示されており、これはフルフェイスを取っても大丈夫である、ということだろうと理解した圭二だったが、どうするべきかと迷った。
すぐ目の前にある生まれて初めて見る自然に触れてみたい、という思いと、未だ把握できない現状への警戒感を天秤にかけていた。
【この日をどれだけ待ったことか。ようやく神に与えられし役目を果すことができそうだ。ワシの名はアルフレッド。かつては大賢者と呼ばれておったが、今はこの通り、猫の格好をしておる】
突然かけられた声に振り向くと、そこには一匹の猫がいた。猫が近づいて来ていることには気がついていたが、猫は動物園で本物を見たことがあるため、さして気にしていなかった。
この世界の猫はしゃべるのか、といささか疑問に思ったが、現にこちらに語りかけており、この世界の動物はしゃべるものだと解釈した。
だが実のところは、しゃべるのはアルフレッドだけであり、聞こえているのも圭二だけであった。
アルフレッドは真っ黒の色をした猫であり、その目は黄金色に輝いていた。しかし、捨て猫生活が長かったのか、毛並みはボサボサで艶もなく、くたびれた風貌をしていた。
そのあまりにもか弱そう見える存在に、圭二の庇護欲が刺激された。
「俺の名は鴻上圭二だ。君のことはアルフ、と呼んでいいかな?」
【アルフ、か。勿論だとも。では貴殿のことは・・・そうだな、ケイジ、と呼ばせて貰おう】
「ああ、勿論だ。ところでアルフ、お腹は空いていないか?寒いとか暑いとか怪我してるとかは?」
【いや、今しがたネズミを頂いたところだ。腹は減ってはおらぬ。というか、ケイジよ、まさかワシをペット扱いしておらぬだろうな?】
低くなったアルフの声に、そうだ、とも言えず賢明にも、
「いいや、勿論そんなことはないぞ?」
と答えた。その答えに満足したのか、アルフは何故自分がここにいるのかを語り始めた。
過去の自分の栄光についての話があまりにも多かったので、要約すると、もっとこの世界の事が知りたい、今の寿命ではとても足りないからもう一度生まれ変わらせてくれ、とアルフは神に頼んだ。
そして、その願いは条件つきで認められることになったのだが、その条件というのが、この地で異世界からやって来る者を手助けすることであった。
「じゃあ俺がアルフの待ち人だったということか。それで、神様は俺にどうしろと?」
【いや、そこまでは聞いておらぬ。ただ、対価として手を貸すように、とだけ言われたのだ】
間違いなく何かの意図があるはずだと確信しているケイジであったが、今はまだ情報が少なすぎた。
まあしばらくは長い休暇をもらったと考えるようにしよう、と考えたケイジは早速アルフに尋ねた。
「人が住んでいる場所に行きたいと思うのだが、どっちだ?」
レガリアによってすでに地図は形成されており、人が住んでいそうな場所も分かっているのだが、万が一違うことも考えて、敢えて聞いた。
【フム、あっちだな】
アルフがモフモフの腕で指した。その方向はレガリアが示した方角と同じであり、地図も問題なく使えるようだと判断した。
ちょうどその時である。ケイジの見ている情報端末に人を示す光点が浮かび上がった。
ソフィア・ブラウン伯爵令嬢。
こちらへ向かって来るその光点は、どうやらゴールデンゴールドベアと示された点に追われているようだった。
その刹那、ケイジは早くも動き出していた。
国際警察の一員として、市民の安全確保は最優先。ここが異世界だとしてもそれは同じであった。
【おい待て、何処へ行く!】
突然動き出したケイジに焦るアルフ。アルフの制止も聞かずに、ケイジは一陣の風となり、現場へと急行した。
アルフはそれを呆然と見つめたのち、ハッと我に返りケイジの向かった先へと全力で走った。
あんなに速く走れる人間などいない。一体、アイツは何者だ?と疑問を抱えたままで。
ソフィア・ブラウン伯爵令嬢は迫り来る恐怖と戦いながら必死に足を動かしていた。
履いていた靴はすでに脱げ、裸足の足には無数の傷ができ、血が流れていた。
しかし遂に、限界を迎えた。
肩で息をしながらそれでも振り向くと、二頭の熊が目前まで迫っていた。
静止した獲物にも油断はしない、とばかりにその熊は速度を緩め、じわりじわりと近づいてきた。
ソフィアは恐怖のあまり、声さえも出なかった。
二頭の熊のうち、小さい方の熊が今のまさに飛びかかろうとして跳躍した瞬間、その熊はあり得ない角度に飛び去った。
ソフィアの方角ではなく、ソフィアから見て直角に曲がって飛び去った熊は、その直線上にあった大きな岩に、轟音を立てながら頭から突き刺さった。
残されたもう一頭の熊と共に呆然と飛んで行った熊を見つめたが、ピクリともしなかった。即死である。
しかし、賢明にもソフィアはすぐに我に返った。熊はもう一頭いるのだ。まだ危機を脱したわけではない。
慌てて前を向いたソフィアの前には、いつの間にか真紅のフルプレートを着た何者かがゴールデンゴールドベアと対峙していた。
「野生生物を無闇に殺すのは国際問題になるが、人を襲うというのであれば、実力を行使する!」
ソフィアに向かって言われたわけではないが、そこに発せられた殺気に全身が震えあがった。そう言って軽い跳躍で蹴られた熊は、先ほどの熊と同様に大きな岩に頭から突き刺さった。
即死である。
「国際警察の鴻上圭二だ。私が来たからにはもう大丈夫だ」
先ほどとは全く別物の力強い声を聞いたソフィアは安堵して、全身の力が抜けた。そして張り詰めていた緊張感と共に意識を手放した。
グラリと傾いたご令嬢を慌ててケイジが支えたところでようやくアルフが追いついた。
【いきなり何を走り出したのかと思ったらそういうことか。ケイジも手が早いな。・・・ケイジあの岩に突き刺さっているのは何だ?】
茶化すアルフに軽く手を振り、そんなことよりも安全な場所に移動しようと言って、その場を後にした。
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