ワンコインでちゃんと泊まれます『ホテルワンコイン』

N(えぬ)

格安ホテルだと思って入ったのだが、、

 正面に銀メッキの浮き出し文字で『ホテルワンコイン』確かに書いてある。建物はキレイ、悪くない。ホテルにしては少し小ぶりだが。


「ワンコインて500円のことだよな。それで泊まれるホテルか。そう言う意味だよな、これ」


 男は入念にポケットの小銭を確かめた。500円はある。正確には653円あった。これなら500円払ってもジュースを一本買える。


「宿泊代500円で、ほかの施設とか備品代でボッたくるつもりじゃないだろうな……それに、寝る場所はどうなんだろう。横になれるスペースがあるんだろうか。膝を抱えて寝るとかいうのは、イヤだなぁ。とにかく、確かめてみよう。そうすればいいんだ」



 男は『ホテルワンコイン』の看板をくぐって中に入った。


 フロントカウンターの向こうに20代後半くらいの女性。男を見てニコヤかに「いらっしゃいませ」と言った。こんな安ホテルにしては、ずいぶんといい客あしらいだ。男が進んで行くと、


「ご予約はございますか?」笑顔で明るい声だった。


「い、いえ、してないんですが。ほんとにワンコインなんですか?」


「そうしますと。犬種はなんになりますでしょう?」


「ケ、ケンシュ?」


「はい。ワンコ専用ホテルで「ワンコ・イン」でございます」


 女性フロントマンは、少し首を横に倒して、CMのキャンペーンガールのように答えた。


「え!ワンコ?それってつまり、犬ですか……なんだ」


 戸惑う男にフロントの女性は少し声質を変えた。


「お客様。当ホテルは初めてのご利用。しかも、事前の情報無しにお越しになったのですね?」


「あ、はい。偶然見つけて、どんなところかなと、聞いてみたいなぁと。よかったら利用したいな、と」


「はい。それはありがとうございます。お客様のような方は、よくいらっしゃるんです。だいじょうぶですよぉ~」女性は、男の気を静めるように穏やかに話した。




「初のご利用と言うことで、当ホテルのコンセプトを簡単にご説明いたします。ま、ぶっちゃけ今のご時世で、普通の設備のホテルにワンコイン500円で泊まれるわけございません。そこで、考え出されたのが「ワンコ専用」です。正直、ワンコでも一泊500円はかなりお安いほうだと思いますが。そこはいろいろと思い切った企業努力で利益が出るようにいたしました。そして、これが最大の特徴でございますが、当ホテルでは生物学的な検査などは行っておりません。従いまして、「ワンコ」ってなに?とかそういうことは自己申告で。お客様が「ワンコ」と主張なされば、それはワンコでございます!」


 彼女は微笑む。男はそのことばを聞いて、あっけにとられたが、よく見るとフロント横のスペースでは、犬の扮装をした男がいすで新聞を読んでいて、チラッとこちらを見て、軽くニヤリと笑ったように見えた。常連だろうか。


「ワンコと主張なさっていただければ、それでけっこうです。何も根拠がなくてもいいのですが、それでは気分的に納得がいかないという方には、犬耳や模様描き用のマジックなど、こちらはサービスでお貸ししています」


「それであの男も頭に耳をつけているのか……」


「はい。あの耳は、けっこう人気があるんですよ。わたしども従業員の手作りでございまして。毎日、新聞や広告を切り貼りして作っておりまして。お金を払うから分けて欲しいなんていう方も、最近はいらっしゃいまして。それに常連のお客様の中にはお泊まりの時には犬の着ぐるみを部屋着にしてらっしゃる方もいるんですよ」


 彼女は、部屋やその他設備の説明もしてくれた。最低限のものは込みの値段で、オプションもあるということだった。


「人間用で合法のホテルでは運営も高く付くから、コストカットのためにワンコ用という。こうまでして…でも安ければ魅力的だ……ほんとに500円なんだね?」男は念を押して聞いた。


「はい。「ワン・コイン」で「ワンコ・イン!」が当店キャッチフレーズです


 男は以来、常連になった。何でもホテル内では「ダルメシアン様」と呼ばれているらしい。


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