第6話 死してのち已む
ぼやけていく視界。
意識がどんどん希薄になっていく。
俺、死んだのか。
かっこ悪い死に方だなぁ。
うっすらと女の子が見えた。
熊は俺を気にすることなく、もう一度女の子に照準を定めていた。
くそっ!
せめてあの女の子だけでも助けることはできないのか。
俺の命はどうなってもいいから。
……たのむ。……だれか。
……神さま、お願いします。
何を言ってるんだ!!
神なんてろくでもないやつじゃないか!!!
俺を平民なんかにしやがって。
誰かを頼るんじゃない、俺が助けるんだ。
動け! 動け! 動け!! 動け!!!
ブンッ!
突然、俺の目の前にステータスが表示された。
『スキル A ど根性 (HPが2以上の時、1日に1度だけ致死量のダメージを受けてもHPが1残る)
スキル S 死してのち
0だったHPが1になった。
意識がはっきりする。
視界が開ける。
体が軽くなる。
熊は女の子に向かって突進していた。
急げ! まだ間に合う!!
右足に力を込める。その瞬間、俺の体は宙に浮いた。
周りの草木が放射線状に過ぎ去っていく。
熊との距離は、一瞬にして縮まった。
「お返しだ!!」
俺は熊の腹にむかって足を振り上げた。
足が熊の腹に食い込んだ。
熊は小さな放物線を描きながら木に激突した。
苦しそうに呻き声を上げる熊。
何が起こったのか分かっていない様子だった。
血走った目で、辺りをキョロキョロと見回している。
しかし、熊が俺を見つけることは出来なかった。
熊を蹴り上げた直後、俺は上に向かってジャンプしていた。
木の枝が目の前に見える。高さはこれで充分。
後は重力に任せるのみ!
空中で一回転し、かかとに全体重を乗せる。
熊が俺に気づいた。だがもう遅い!
ズガンッ!
熊の頭が地面にめり込んだ。
放射線状のヒビが、地面を伝った。
数秒後、熊が消えた。
「……ふう」
どうやらなんとかなったみたいだ。
安堵の息が零れる。HPは1/60。
ぎりぎりの戦いだった。
いや、一度0になったからぎりぎりではないのか。
状況が飲み込めていないのか、呆然と俺を見つめる女の子。
腰を抜かしていて、立ち上がる気配はない。
まあ、そうだよな。
あんな状況で、パニックにならない方がおかしい。
俺は急いで女の子の元へと向かい、手を差しのべた。
「大丈夫? 立てる?」
「あ、え、あの。生きて……?
あ、はい。だい、じょうぶ、です」
全然大丈夫じゃなかった。
これは少し落ち着くまで、ここから動けないか。
大きな音を出してしまったし、一刻でも早くここから移動したいが……。
「あ、あの。あ、ありがとう、ございます」
頭を下げる女の子。
ボロボロな姿で謝られると、何もしていないのに罪悪感が生まれた。
「気にしないで。通りがかっただけだから。
それよりも、怪我とかしてない?」
「は、はい。だいじょうぶです。
あの、これ……」
女の子はステータスを開くと、いくつかの操作をして、右手に薄い緑色の液体が入った小さな瓶を出現させた。ドロドロとした液体は、瓶の中で奇妙にうねっていた。
「これ、回復薬です。
ど、どうぞ」
「……あ、ありがとう」
俺はそれを受け取った。
これ、本当に回復薬なのか?
少し、いや、とても不安だ。
女の子を見る。彼女は俺を曇りない眼で見つめていた。
よく見ると、眼鏡はわれ頬に引きずったようなすり傷があった。
こんな姿で頼まれたら、断るなんてできない。
俺は覚悟を決めて、瓶の蓋をとりそれを飲んだ。
すると、HPが1から21まで回復した。
よかった。本当に回復薬だったみたいだ。
しかし、安心したのも束の間、突然体が重くなった。
やはり毒だったか。
今更ながら後悔の念に駆られる。
あんな得体の知れないものを飲むなんて。
しかも、知らない人から渡されたものを……。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫」
毒を渡しておいて「大丈夫ですか?」ってなんだよ?
で、なんで俺も大丈夫って答えてるんだよ?
しかし、この体の重みが長く続くことはなかった。
徐々に体が馴染んでくる。
「さ、先程は危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました」
女の子はなんとか立ち上がり、再度頭を下げた。
きれいな九十度だった。
よかった。立ち上がれるならすぐにここから移動できる。
俺の体も、もう違和感はないしちょうどいい。
……あっ、そうか!
死にかけた時に獲得したあのスキル。
たしか『死してのち已む』だったか。
このスキル、HPが1の時にこうげきとすばやさ倍になるんだよな。それならHPが回復すれば、こうげきとすばやさが半分になる。すばやさが半分になったことで、体が重くなったんだ。なんだ、毒じゃなかったのか。
「どうしたんですか?」
俺が一人で納得しているのを見て、女の子は不思議そうに首を傾げた。
「な、なんでもないよ!
とにかく森を出よう!!」
「は、はい」
緊張か恐怖か。
ぎこちなさを残しながらも、返事をしてくれた女の子。
俺は彼女を連れて、森を出た。
これからのことは街についてから考えよう。
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