第306話 嘘はそこそこ得意だし
サルサムとリータが立ち寄った店はサンドイッチが美味いと有名らしく、店長に勧められるがままオススメ品を頼んだところ両手で支えてようやく持ち上げられるレベルの巨大サンドイッチが現れて仰天した。
食べきるのに少し時間がかかってしまったが、静夏はまだ戻らないようだ。
食べ終わったのに店内で駄弁るのも勿体ない、ということで市場でも覗きに行こうということになったのだが――
「サルサムさん! そっち! そっち行きました!」
「壁走りする犬とか初めて見たぞ!」
――なぜか、犬の捕獲に駆り出されていた。
食後にたまたま出会った少女が「飼ってる犬が逃げちゃった」と大層しょげていたので探すのを手伝おうという話になったのだ。しかしその犬は運動神経が抜群に良い犬種で、且つ小型犬のため入り込める隙間も多かった。
見つけたはいいものの自由の身を謳歌しテンションの上がっていた犬はじつに楽しそうにサルサムとリータから逃げ続けている。
サルサムも捕り物はそれなりに得意だが、この犬は規格外である。
「くそ、見失ったか……」
「右から足音がします、行きましょう!」
フォレストエルフの聴覚をフルに活かしてリータは走る速度を早めた。曲がる際など体を傾ける前に真横に跳んで時間を短縮している。やっぱり健脚だよな、と改めて思いながらサルサムもその後に続いた。
興奮した犬を捕まえるには追うのではなく落ち着くのを待つべきだが、大通りには馬車も行き来しているため余裕がない。今は細い路地で済んでいるが、このままではその大通りへ出るのも時間の問題だろう。
しかしその前に危機が訪れた。
未知なる追いかけっこに興奮しきった犬の進む先に薪が積んであったのだ。曲がらなければならないのに後ろに注意が逸れているのかスピードが緩まらない。
(小さな体なのにこの早さで激突したら怪我しちゃう……!)
リータは地面を足の裏が痛くなるほど蹴り込むと両腕を伸ばし、一瞬並んだ瞬間に犬を抱き込むと地面を転がった。薄く砂ぼこりが立ったのを見て追いついたサルサムがぎょっとする。
「リータさん、大丈夫か!?」
「だ、だいじょぶです、あと犬も!」
焦げ茶色のカーディガンに丁寧に包んだ犬を抱き上げ、リータはよろめきながら立ち上がった。
あちこち汚れてしまったが怪我はないようだ。
「魔獣戦より疲労したな……ほらこれ、ないよりはマシだろ。拭いとけ」
サルサムが差し出したハンカチを「ありがとうございます」と受け取り、汚れを拭いながらリータは少女が待つ場所へ戻る。
少女は満面の笑みを浮かべて喜び、汚してしまった服を家で洗うと言い出したが丁重に断った。さすがに人様の家に上がり込んでいては合流に差し支えが出るだろう。
静夏とミュゲイラは目立つため市場にでも現れればすぐわかるが、あちらからこちらを探すのはそれなりのヒント――ミュゲイラの耳に届く声などが必要だ。
「ふふ、食後の運動になりましたね。……?」
「そんないいものか? ……っと、どうした」
少女と別れた後、再び歩き始めたリータの足が止まったのに気づいてサルサムが振り返る。
やはりどこか怪我をしたのか。
そう眉根を寄せそうになっていると、リータがはっとした顔で胸元からチェーンを引っ張り上げた。――その先に付いていた桜色の丸い石にヒビが入っている。
「もしかしてさっき……?」
「ええと、はい、そうみたいです。なんか小さく音が聞こえた気はしたんですが、やっぱり割れてましたか~……」
両耳を下げつつリータはそれをポケットにしまう。
どういった謂れのものかはわからないが、大切なものだというのはサルサムにもわかった。
「修理できる店があるか探そうか? この街ならもしかしたら……」
「いえいえ! 大丈夫ですよ、それに袋に入れて持ち歩くくらいはできますし」
「袋に……」
リータは装飾品をあまり身に着けない。
ヨルシャミなどは元々接していた文化の名残りか今でも多種多様な装飾品を着けていることが多いが、リータはほとんどそういったことがなかった。恐らく手持ちの装飾品もさっきのペンダントくらいだろう。
袋に入れたまま、となると、つまりリータの持つ装飾品が一つも無くなってしまうということになる。
(今日みたいに隠してつけてることはあっても、完全に袋で隠しちゃうのは違う……よな、やっぱり……)
サルサムは装飾品をつけることに疎い。
持っているだけでいい、というものもあるだろうが、一つくらいはお洒落としてつけられるものがあってもいいのではないだろうか。長命種で年上とはいえ、リータの精神年齢は恐らく外見に沿っている。
(代わりにはならないだろうが、何か装飾品でも贈ろうか……でも選んでくれって言っても多分断られるよな……)
ダメもとで元気づけてあげたい。
そう感じたサルサムはしばらく考えを巡らせ、そして少しそこの公園で待っててくれないかとリータに言った。
「少し買いたいものがあってな」
「わかりました、じゃあ待ってる間にもう少し綺麗にしておきますね」
未だスカート等についた汚れは取り切れていない。どうしようもないものもあるだろうが、サルサムは頷いてその場を後にした。
――さて、女性に『仕事』で贈り物をしたことはあるが、こういったパターンは初めてだ。
宝石や天然石を扱う店を覗きながらサルサムは考える。
(妹の時みたいに考えれば大丈夫か……でもあんまり高いものは気を遣わせすぎるからダメだな)
いつもは不仲な妹のサリアもアクセサリーを贈った時は散々罠を疑いつつも最後は嬉しそうにしていた。恐らく自分のセンスはそこまで悪くはない。恐らく。本当に恐らく。
言い知れぬ不安を感じつつ、しかし妹の時はここまでの不安はなかったなと振り返りながらサルサムはショーケースを覗いた。
(……いっそ店員に丸投げするか?)
きっと最良の答えを出してくれるだろう。
だが――どうせ贈るなら自分で選ぶべきだ、という心の声もある。
あまり待たせられないぞと急きながら視線を走らせていると、一つのペンダントが目に入った。連なる小さな花の意匠、その中に桃色の小さな石が埋め込まれている。リータのペンダントも同じ色をしていたはず。
(それにこの花、たしかミュゲイラがしてる耳飾りのデザインが似てたな)
これは最適ではないか。
しかし。
しかし、値段が高い。
「……」
超高級品、というわけではないが想定していた上限の五倍はある。
サルサムは一旦目を瞑り、まあ嘘はそこそこ得意だし、と自分に言い聞かせて店員を呼び止めた。
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