第279話 人伝ての過去
科学や機械工学技術はナレッジメカニクスに遠く及ばないものの、魔法と組み合わせて使用する技術は王都で盛んに研究されており、ナスカテスラもそれを最大限利用した治療を得意としていた。
誘いを受けて王都に留まっている理由の一部でもあるという。
「研究が盛んな土壌はいいよね!! 資金も潤沢だし、それに俺様はなんといっても王宮付きだからいわば王族専門医! つまり騎士団に同行して危険な場所に放り込まれることもない!」
危ない場所も暇だったら行ってもいいけど今はそんなことないし、と言いながらナスカテスラはてきぱきと伊織の検査を進めていた。
血液検査があったのはびっくりだ。現代日本のそれではなく、魔法の助けを借りているが血液型等の概念もしっかりと把握しているのだという。
それを使いこなしている辺り、警備が厳重な王宮外にいたらナスカテスラもナレッジメカニクスに勧誘されていたかもしれないな、と思っていると――検査中にヨルシャミと静夏から事の顛末を聞いていたナスカテスラが口を開いた。
「それにしてもナレッジメカニクスか……組織名はわからないけどむかーし変なのに勧誘されたことがあったな!」
「すでに勧誘されてた……!?」
「勧誘が主目的じゃなくてたまたま見かけたから、みたいだったけどね! 俺様を勧誘したいならそれを主目的にして誘えバカちんめと追い返した!!」
「つ、強い……」
「そして出直してきたから断るわバーカと追い返した!!」
「強い……!」
ナスカテスラは知識欲はあるものの、ヨルシャミと同じく人道的な面を捨ててはいない。
あと姉さんに殺されちゃう、と冗談か本気なのかわからない理由を付け足しつつナスカテスラは様々な数値を紙に書き付けた。
「俺様の時は人間だったな、青い髪の奴! ただオーラがおかしかったから君らの言う延命装置ってトンデモ技術を使ってたのかもね!」
「……あの技術ってやっぱりトンデモ系だったんですね」
「そうだよ、気色悪いくらいさ!! なんてったって人間を生身のまま不老不死で永らえる体にする魔法は今のところないし、出来ても制約や代償やデメリットが発生すると思う!」
雑談がてらニルヴァーレから延命装置について訊ねてみたことがある。
基礎代謝のような魔力の消費と、それにより自分の思うように使える魔力が減るため延命処置を施す前よりも魔導師としての素の強さは低くなってしまうらしい。更には定期的なメンテナンスも必要だ、と。
ただしそれ以外にデメリットを感じたことはないという。
(……僕の魂のせいで治療が進みにくいなら話しておくべきかも、って母さんたちと相談して使命やナレッジメカニクスのことはナスカテスラさんに話したけれど……)
ナレッジメカニクスの構成メンバーで容姿や名前のわかっている者は後でアイズザーラたちにも報告するつもりだった。
指名手配が上手くいくようには思えないが、自分たちのように何度か普通に出会ってました、ということは防げるかもしれない。特に王都の外へ遠征に出る騎士団は。
ニルヴァーレのことはどう伝えるべきか迷っていたが――他のメンバーのことなら先行してナスカテスラに話してもいいかもしれないと伊織は思った。一度勧誘を受けたことがあるなら尚更。
「延命装置を作った、って言ってた人がナレッジメカニクスにいるんですけど……シァシァってドライアド、知ってますか?」
シァシァ? とナスカテスラは首を傾げた。
そして記憶を掘り返して言う。
「その名前の響きだと東……東ドライアドか! どこかで読んだな……俺様の生まれた世代よりうんと前に東の国で重宝されたドライアドがいたような……」
ああ!! とナスカテスラは手を叩く。
「名前は失念したけど、当時にしては珍しく絡繰りと魔法を組み合わせる研究をしてたドライアドだ!! ドライアドは個体数が少ないけどエルフ種より更に長生きだからね、今も生き残っててもおかしくない!」
現在の機械と魔法を組み合わせる元祖みたいなものだろうか。
想像していたよりも長い時間を生きていることに伊織は唾を飲み込んだ。
「けど史実ではそのドライアドは死んでることになってたような?」
「ええと、死を偽装して国から出た……とか?」
「そうだったかな、いや、ちょっと待て思い出そう……!」
ナスカテスラは注射器をくるくる回しながら考える。そんなものをペンみたいに回さないでほしい、とはらはらしているとナスカテスラは「南浪国戦争……うーん、石張暗殺事件……あっ! 思い出した!!」と言いながら笑みを浮かべた。
「当時の国の後に興った国の歴史書にちょっと書いてあったぞ! 当時の国王とその一族郎党を皆殺した罪で、その場で処刑だ!」
「み、皆殺しの後に処刑……」
理由までは書いてなかったけれど、とナスカテスラは肩を竦める。
「しかし実力のある魔導師であり技師でもあったのは確実だ! そこから長き時を生き残っていたのだとすると――延命装置なんていうゾッとするものを作り上げててもおかしくはないかな!」
「……」
伊織は雪山の小屋でシァシァが見せた表情を思い出した。
何も成長しない人間に頼られ続け、そして抱いた何らかの諦め。
その薄暗い諦念を籠めた目で、シァシァは世界を殺しかねない組織に伊織たちを誘ったのだ。
ほんの少ししか交流したことはないが、シァシァは殺しそのものを楽しむタイプには見えなかった。それは善意からというより合理的な考え故のことだろう。だというのに皆殺しなどという凶行に及んだ理由はきっとある。
あんな目をしていたのはその理由に由来するものだろうか。
(だからといって勧誘を受ける気はないけれど……)
ほんの少し、シァシァの内面がわかってしまった気がして、伊織は眉根を寄せた。
***
伊織の表情を見ていたヨルシャミは思う。
きっと、このお人好しはこの期に及んでシァシァに同情をしているのだろう。
それは伊織の長所であり短所でもあった。
いきすぎた善性は身を滅ぼす。ヨルシャミが伊織を好きだと思う部分でもあったが、それと同時に心配でもあった。
(シズカもそのきらいがあるが、まだ決意が固い。しかしイオリは……優しすぎるな)
強くなったが、どうにも危うい。
ヨルシャミはつい今は手元にない愛用していた杖を心の中で探してしまった。不安な時はあれを握る癖があったので致し方ないことだ。
(敵に同情し判断が鈍り、その結果危うくなることがあったなら――)
ヨルシャミは睫毛の影を落として瞼を閉じる。
(――私が代わりに手を汚してでも守ってやろう)
それが正解ではないことは百も承知。
だが選ぶ価値がある選択肢でもある、とヨルシャミは心の中で呟いた。
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