第277話 治療師ナスカテスラ
ナスカテスラはベルクエルフで、数百年前に王都ラキノヴァへ訪れた際に治療師として活躍したのをきっかけに宮廷魔導師になったという。
当時の王都は結界にまだ抜け穴があり、それを強化するのにも一役買ったとメルキアトラが彼の紹介がてら言った。
「そうそう、多重契約式の結界は参加者が多いほど効力を増すからな! 協力してあげたんだよ!!」
「もちろん本来は部外者は加えんのやけどな、とんでもない工作員やったら一巻の終わりやし。今の結界も主に王族の面子で支えとる」
しかしその時は背に腹は代えられず、加えてナスカテスラの性格が実に単純明快且つ実力があったため助力を申し込んだらしい。
「ここに居れば俺様の欲しい魔法知識や古い文献も読み放題だからね、まあ千年くらいならいてもいいかなーと思ったんだよ!!」
「そろそろこの声量にも慣れてきたな……」
「で? 君たち俺様の力を借りに来たってわけか、……ふふふ」
ナスカテスラは眼鏡をきらりと光らせると大仰なポーズを取って言った。
「俺様を頼るなんて、見る目が! 二億個くらいあるね!!」
――声以外もうるさいのでは?
そんな確信を得つつ、伊織はナスカテスラに自分の味覚について説明した。
とある施設で魔法由来ではない熱源による攻撃を受け、その傷と疲労に加えて川に流されたことが原因で発熱。すぐ治療も出来なかった結果、熱は引いたが脳にダメージがあったのか味覚だけ麻痺してしまったことを。
「それに……僕、回復魔法が効きにくい体質みたいで」
「そうだろうなあ、溜め込める魔力量が多すぎてまるで炉だぞ君!! そんなんじゃ回復魔法が結果を出す前に掻き消されてしまう! あれは体内に入った魔力が回復を促すんだ、しかしそれだけ強いと命令実行する前にやられちゃうって寸法だね!!」
体内から放たれた魔力は望んだ事象を起こすために姿を変える。
回復魔法はそれを対象の内側から行なうわけだが、伊織の魂や膨大な魔力はそれを消してしまうほど強いのだ。体内でゴーストゴーレムを消してしまった時や、召喚対象との繋がりが作りにくく失敗ばかりしていた時もこれが原因だった。
「話を聞くに、その時の治療師は回復魔法以外を使えなくなるという条件を付与してたんだろう? それで強化してても無理だった! なんて普通は無いんだけどね! 君ならあってもおかしくない!」
ヨルシャミの回復魔法でも味覚までは治せなかった。
それが自分のせいであったと改めて再認識した伊織は眉を下げる。
「ナスカテスラさんにも治せませんか……?」
「それはもう少し検査しないと即答はできないね!!」
まず味覚がなくなっている原因の特定と、他に影響を及ぼしているトリガーがないか調べたいとナスカテスラは言った。どうやら思考は医師寄りの治療師らしい。
「しばらく滞在してもらうことになるけど、いいねアイズザーラ? 三万年くらいかな!!」
「わかったわかった、最低でも三週間やな」
「なんでわかるんだ……」
ナスカテスラは数字を大袈裟に言う癖があるらしいが、なぜそれを翻訳できるのかとヨルシャミは戦慄した。
そんな彼を見て「ところで」とナスカテスラは言う。
「君! 見たところベルクエルフだね、いやあ同胞を見るのは久しぶりだ!! どの里の子だい?」
「あー……いや、私はちょっと事情があってな。ベルクエルフなのは外側だけなのだ」
「外側だけ?」
ヨルシャミは広間に目をやる。
今後の話し合いをする段階で何名かの王族は帰っていた。元々の名目は伊織たちへの紹介だ。
今もさすがに国王とその家族は残っているが、ナスカテスラを見た瞬間外へ撤収――避難だろうか、姿を消した者がいたため残っている人数は少ない。
これならある程度話してもいいか、とヨルシャミは口を開く。
「できれば声は潜めてくれ。……私の脳はエルフノワールのものだ。意識も記憶もそれに倣っている。故に純粋なベルクエルフとして扱うのはやめておいた方がいい」
「脳だけ? そんっ……」
ナスカテスラは自分の口を押える。かなり大きな声が出そうになったらしい。
そして腹筋を意識しながら出来得る限り声を潜めて言った。
「……そんなことってあるのか?」
「あるのだ。……この辺りはシズカの許可が取れれば後で話そう。イオリの治療の協力者でもあることだしな」
「うーん、そういうこと……なら、きみのことはエルフノワールとしてあつかおう」
なぜか舌足らずな口調でナスカテスラは頷く。
声を潜めるのがそんなにしんどいのだろうか、と思っていると彼は「ああ」と自分の耳に手をやった。
「きみがそれだけのことをはなしてくれたなら、こっちも……明かすのが道理ってものか!!」
「突然うるさい!」
「ごめんね!! 昔ちょっと妬みから呪いを貰っちゃってさ、自分の声だけびっくりするほど聞こえにくいんだ!!」
ヨルシャミはきょとんとしつつナスカテスラを見上げる。
「魔法の影響ではなく呪いなのか?」
「いや、魔力を使っているから魔法の一種ではある! 東の国に多いやつだよ、体内に残留することを主目的にした嫌がらせ魔法だって認識でいい!! 回復魔法は返り討ちに遭うからどうしようもないんだこれが!!」
強力な分、高度な技術と代償が必要だというのに使い方がもったいないなとナスカテスラは嘆いた。
凄腕の治療師と言われているナスカテスラですら手も足も出ないのなら、それはたしかに強力だなとヨルシャミは眉を顰めた。
「うるさいと言ってすまなかったな」
「慣れてる!! そういえば……君、名前は?」
ナスカテスラは自己紹介の間もなく乱入してきたためこちらの名前を知らない。辛うじて会話に出てきた名前を憶えているくらいだ。
ヨルシャミのことは会話中で名前を耳にできなかったのか、そう訊ねて首を傾げる。
伊織はヨルシャミがピンときた顔をしたのに気がついた。
(あ……多分これだけ凄い治療師でしかもエルフなら自分のことを知ってるかも、って思ってるなこれ……)
伊織の察しが良いだけではない。顔に書いてあるくらいわかりやすいのだ。
案の定、ヨルシャミは腰に両腕を当ててふんぞり返ると得意げな笑みを浮かべた。
「ふはは! よーし、よく聞け! 私の名は超賢者ヨルシャミ、大天才魔導師である!」
言った。言ってしまった。
またベルやリータたちの時のように「誰?」というリアクションをされ、しょんぼりとしてしまうのだろうか。
そう思い伊織が慰める言葉を考えていると、ナスカテスラは眼鏡の向こうで目をぱちぱちさせた後――「本当か!!!」と今までで一番の爆音ボイスを発した。
「エルフノワールのヨルシャミ!? 千年ほど前に失踪した!?」
「お……おお、うむ」
「魔力は寄生生物説、大変興味深かった!! 直接話してみたいと思ってた矢先にとんと話を聞かなくなったから死んだと思っていたよ!!」
「おおお……! わ、私を知っているか! いやまあ、超賢者なのだから? 知られてて当たり前ではあるが? ふふふ、そうかそうか」
ヨルシャミは心底嬉しそうに笑う、というよりもにやけている。
ようやく自分を知っており、しかも持論まで把握している上にそれを褒める人物が現れたことが堪らないらしい。
それをきっかけにこちらにはよくわからない話題で盛り上がる二人を見、所在なさげに手を浮かした伊織にバルドが呟くように言った。
「……事実は小説より奇なりだな」
伊織はどうにかこうにか頷くと「うん」と言うので精いっぱいだった。
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