第269話 ランイヴァルの戸惑い

 慰問目的で訪れる旅芸人は過去にもいたらしく、住民たちは二度見三度見はするものの不審がる様子はない。

 バニーボーイの荷物からライオンのたてがみを付けたウサウミウシ、静夏曰く『猛獣その2』にも不審がらないのはどうかと思ったが、今の自分たちにはメリットしかないため伊織はツッコむのをやめた。


 代わりに好奇心は刺激してしまったようで「何の出し物をするんだ?」と数人に訊ねられたが、今回は貴族の依頼だと伝えるとすんなり引き下がってくれた。

 伊織は内心どきどきしながら王宮へ続く正門をくぐり、ベルが兵士に掛け合っているのを見守る。

 兵士はぎょっとした後こちらを見、そして一人の老執事を連れてきた。そこから案内が老執事に引き継がれ、王宮の奥まった場所にある一室へと通される。

「皆さま」

 老執事がよく通る声で言った。

「これから数人のメイドが参ります。先ほどの兵士もそうですが、一部の者を除き皆さまのことは要人だと伝えておりますので、素性のわかる話はその者たちが不在の場でお願い致します。……そして」

 『今』はその不在の場で御座います、と言って老執事は堪えていた涙をぶわっと流す。


「オリヴィア様、お久しゅう御座います……! 生きている間にまたお会いできるとは思っておりませんでした……!」

「ゼフヤ、心配かけたな。正門では思わず抱き締めるところだったぞ」


 ゼフヤと呼ばれた老執事は嬉しそうに笑いながら「昔はこちらが抱き締める側でしたな」と鼻を啜った。

 静夏は伊織たちを振り返って紹介する。

「幼少期より私の世話係を担っていたゼフヤだ」

「ゼフヤと申します。皆さま、どうぞ宜しくお願い致します。何か御用があってお戻りになられたと聞いております、協力できることがあれば何なりとお申し付けください」

 うやうやしく頭を下げるゼフヤに伊織たちは慌てて頭を下げ返した。

 伊織は静夏にこそこそと訊ねる。

「せ、聖女の件とか転生者の件とかは知ってるのかな? あと目的の詳細とか……」

「この様子だと私の帰還しか伝えられていないな。父様たちの配慮だろう、必要なら私たちから話すと考えているのかもしれない。……伊織の味覚に関しては願い事、魔獣の情報共有に関しては協力の申し出だ、故に私直々に伝えるべきだと思い伏せてある」

 だというのにこんなにも怪しい集団に何一つ動じていないゼフヤに伊織はごくりと喉を鳴らした。見た目の貫禄は性格にも反映されているらしい。もしくはその逆か。

「あ、それなら僕の自己紹介って……」

 あまりしない方がいい? と口にする前に静夏は伊織の肩を抱き寄せてゼフヤを見た。


「私の息子だ。伊織という」

「……! あっ、えっと、い、伊織です。宜しくお願いします」


 まさか即紹介されるとは思わず、戸惑いながら伊織はゼフヤを見上げる。

 そして目も口も全開になっている様子を見て思わず小さく声が出た。

「おお、おお……! お顔がご家族によく似てらしたのでもしやと思っておりましたが……!」

 アイズザーラ様の幼少期にそっくりです、とゼフヤは感動した様子で伊織の手を握る。

「そ、そん、そんなに似てますか」

「ええ、目元などそっくりです! イオリ様、是非陛下たちにもお会いください、きっと喜ばれますよ」

「今日はそれも目的の内だ。伊織について父様に頼みたいことがあってな」

 そう言う静夏にゼフヤは頷いた。

「陛下は時間が出来次第おいでになられます。オリヴィア様たちから謁見すると目立つだろう、と」

「何もかも世話になりっぱなしだな……」

「楽しそうでしたよ、そうお固くならずリラックスしてお待ちください。ただ、陛下は心配もしておられまして……メイドの他に護衛の者も派遣される予定です」

 護衛? と首を傾げるとゼフヤは笑みを浮かべて言う。


「魔導師長のランイヴァルです」


 伊織は不死鳥が化けた甲冑の男性を思い出した。

 静夏曰く彼がランイヴァルのはずだ。ここで直接本人と会うことになるとは思っていなかった。

「そうか……ランイヴァルにも心配をかけただろう」

 直に謝りたい、そう静夏は呟いて目を伏せる。


 ――その時、部屋のドアをノックする音がした。


     ***


 ランイヴァルは甲冑に付いたマントを揺らしながら廊下を早歩きで移動していた。

 この甲冑は普段の戦闘用ではなく来賓を護衛する際に使用するものだ。

 ただし分厚く重いマントは矢を避ける役割を果たし、磨き上げられた甲冑は刃を通さない。兜がないのがネックだが役割は十分に果たす。

 今自分に課せられた役目を果たすには最適の防具だとランイヴァルは思った。


(しかしもうあれから何年経ったか……お変わりないといいが)


 オリヴィア帰還の一報で呼び出されたのはついさっきのこと。事前に話は通っていたが、まさか翌日になるとは思っていなかった。だが早いのは良いことだ。

 ランイヴァルの記憶に残る最後のオリヴィアは少女らしからぬ筋肉を持ち、しかし少女らしい面もたしかに持った子供だった。そう、13~14歳などまだまだ子供だ。

 体型も筋肉がついているとはいえ今の自分より細かったように思う。しかし当時であの体だ、今ならもう少し大きく逞しくなっているだろうか。

(そういえば……夜な夜な抜け出しているようで何度かお止めしたが、やはりあれは魔獣の退治に出ていたのだろうか)

 返り血をしこたま浴びて朝帰りした時など失神するかと思ったが、オリヴィアは「心配しないで」と優しく笑うだけだった。心配しない者はいないだろう、とランイヴァルは今でも言いたい。


 かつ、と足を止めたのはとある一室の前。

 昔のことを思い返していたランイヴァルは思考を切り替え、呼吸を整えてドアをノックした。

 中から「どうぞ」という言葉を受けてドアを開く。

「失礼します。本日護衛を任されたラン――」

 そう頭を下げかけた一瞬、視界に映った異様な光景に動きが止まる。


 一目でオリヴィアだとわかった。眼差しが変わっていない。

 想像以上に大きく逞しく育っていた――のは、まだ許容範囲内だ。予想を逸脱しているが納得はできる。ぎりぎり。

 しかしなぜもこもことしたクマの服を着ているのか。

 しかも同行者たちの服装も凄まじい。失踪している間に一体何があったのだろう。第一声でそれを訊ねるのは失礼極まるが、挨拶をどうしても継げなかったランイヴァルは口元を引き攣らせて言ってしまった。ゼフヤほど洗練されていなかったらしい。


「し、失踪している間に一体何が……!?」

「もっともな反応だよな」

「とりあえず俺はそれを失言とは思わないぞ」


 腰にムチを携えた銀髪の男とピエロメイクの男が交互に言う。

 そこへオリヴィアが言葉を重ねた。

「ここを去った後のことか……ランイヴァル、それも含めて私はお前にも話せる範囲で話そうと思っている」

「オ、オリ、ヴィア様」

 口調が何やら雄々しくなっているが、やはりオリヴィアだ。ランイヴァルは戸惑いながらも落ち着こうと空気を吸った。何も難しいことではない。戦場で冷静さを取り戻す時のように気持ちを操作すればいいのだ。

「か、母さん、多分この人がああ言ったのは僕らの出で立ちが原因だと思うんだけど……」

「む? ああそうか、ゼフヤが何も言わず受け入れてくれた故うっかりしていた」

「……」

 ランイヴァルは再び閉口した。

 これはしばらく落ち着くことは叶わないかもしれない。


 そう冷や汗を流しながら見た、オリヴィアを「母」と呼ぶバニーボーイ姿の少年の顔は――王族の面々によく似ていた。

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