第253話 不死鳥総攻撃戦

「どうなることかと思ったが……ここまでくれば出し惜しみすることはないな!」


 ヨルシャミが息を整えて残っているサラマンダーを回復させた。

 それは灰になった二匹のサラマンダーにも及び、灰から目がぴょこりと現れたかと思えば二匹とも一瞬で復活する。

 さすがに死んだものは蘇らせられないが、あの二匹はほぼ生きていないが死んでもいない仮死状態だとヨルシャミは見抜いていた。自ら戦う力のない召喚獣だが、そのぶんしぶといのである。

 回復魔法の反動でくらくらする頭を押さえ、ヨルシャミは追加で意思ある火の玉を呼び出し仲間たちの武器や拳に纏わせる。


「リーヴァ! 頼む!」


 伊織はワイバーン状態のリーヴァを呼び出し、背に乗って不死鳥に炎を吐かせた。

 雪を蒸発させる熱風に不死鳥の体が吹き飛ぶ。が、致命傷は避けたのか数メートル離れた岩の上に着地した。それを追う形で拳を振り上げた静夏が迫る。

 鬼のような気迫と炎の拳という組み合わせに不死鳥は岩から滑り落ち、そんな不死鳥の代わりに岩が砕け散った。

 そのまま粉塵の間から躍り出たミュゲイラが不死鳥の胸倉を掴んで地面に叩きつける。


「このやろ、うちの妹に手ぇ出しやがって!」

「一応言っとくが俺じゃないからな!」


 サルサムはミュゲイラにそう叫びつつ針状の暗器に炎を纏わせ、それをダーツのように投擲した。

 ダーツ――否、むしろ似ているのはリータの炎の矢だ。

 狙ったルートを正確に突き進んだ暗器は不死鳥の胸を貫き、貫通と同時に鳥のような鳴き声が響き渡る。その鳴き声に濁音が混じったかと思えば吐血のように大量の紫の炎を口から吐いた。


 ぼたぼたと落ちたそれは不死鳥の体内で元に戻らなくなった炎の一部。

 雪の上に落ちるなり中途半端に溶かしたところで勢いを失い消えていく。


 そのまま不死鳥の姿が弾けるように鳥のものへと変化し、しかし意思の感じられる目つきだけはそのままだった。

 ついに模倣を応用できるようになったらしい。

 鳥の姿で戦術を考えられるよう、脳という器官だけ人間と同じ形のままにしたのだ。


「厄介だな」


 サルサムの隣に並び立ったバルドが呟く。

「でも最初より一回り小さくなった」

「ああ、厄介だが……効いてるなら攻撃あるのみだ!」

 バルドは助走をつけて跳躍すると、今まさに飛び上がろうとしていた不死鳥にしがみついた。握った手の平から瞬時に焼け焦げたが、バルドは歯を食いしばって炎を纏ったナイフを目に突き立てる。

 刹那、ヨルシャミがぱちんと指を鳴らした。

 その音に呼応するように刺さったナイフの炎が燃え上がり、炎で出来ているはずの不死鳥を内側から舐めるように焼いていく。

 空中で回転しつつ地面に落ちたバルドは両手を雪に突っ込んだ。


「あっち! すぐ治るけどビビるくらい熱いな!」

「そりゃそうだろ、また無茶な戦い方しやがって……!」

「お前には言われたくないなぁ」


 激高したサルサムを思い出しながらバルドは苦笑する。


 不死鳥は敵が多数、しかも飛行できる者もいることから鳥の形態を取っていたが、困ったことにそれは的を大きくしたことにも繋がってしまったと理解し戸惑っているようだった。

 ――そうして戸惑えるほどの意思を獲得していた。


「……やっぱり、成長がすべて良い方向に転ぶなんてことはないんですね」


 小さく言ってリータは自分の両手を握る。痺れは取れたようだ。

 一度は消えていた魔法の弓矢を手元に作り出すと、そのまま素早く矢を番えて狙いを定める。

 総力戦だ、もう力をセーブしなくていい。散弾よりも一撃にすべてを籠める気持ちで集中し、躊躇いなく指を離した。


 まるでレーザー兵器かと見紛うほどの閃光。

 周囲が一瞬明るくなり、太陽とは異なる光源に照らされた不死鳥が翼の根本を貫かれてもがいた。

 ヨルシャミは目を丸くする。


「リータ、お前成長したな!」

「えへへ……色々試行錯誤したので!」


 雪女戦で使った矢もその賜物だ。

 しかしあの時は別々に分かれてしまったため、ヨルシャミに見せる機会がなかった。

 出会った頃にヨルシャミからアドバイスを受けたことを思い返しつつ、リータは微笑む。


「まだ迷ってることも多いんで、後で相談に乗ってくれますか?」

「ああ、それに……タイミングを逃していたが稽古もつけたいしな。さあ、そのためには不死鳥を早く始末せねば!」


 ヨルシャミはリーヴァの顔周りに火の玉を出現させ、それを使って突っ込んでみろと上空に言い放つ。

 伊織はリーヴァの背中をぽんぽんと叩いた。


「やってみよう、多分あと一息だ」


 不死鳥は騎士団を追い返すほどだったが、それは魔法由来の炎が弱点であると解き明かせなかったからだろう。

 いくら魔導師がいても炎を扱えなければ気づくことはできない。

 加えてランイヴァルが得意としているのは水属性の魔法である。それは伊織でもわかるほど相性が悪かった。


 しかし今は違う。

 全員で攻撃を続け、逃がさないようにすれば――きっと倒せるはず。


 ララコアが魔獣に蹂躙された罪滅ぼしになるかはわからないが、大きな脅威である不死鳥を取り除けば村の危険も遠退くだろうと伊織は意気込む。

 それに答えるようにひと鳴きしたリーヴァは火の玉を伴って不死鳥に向かっていく。

 危険を察知した不死鳥は体を縮めつつも無理やり翼を再生させ、リーヴァと揉み合うような形で上空へと舞い上がった。


     ***


 噛みつこうとするリーヴァの攻撃を紙一重で避け、不死鳥は体の炎をか細く揺らす。


 それは恐怖によるもので、伊織にはわからなかったが不死鳥はひとつ間違えば死に直結するこの攻防を心から恐れていた。

 死を恐れる心は本来魔獣にはない。

 これは人間の脳を模した結果だ。

 生きることに執着し、死なないことで頭がいっぱいになってしまう。これでは逆に生き残れない。

 とにかく考えるのだ、と不死鳥は死に物狂いで思考した。


 先ほどは相手を揺さぶった結果、隙は出来たものの思わぬ猛攻を受けてしまった。

 しかし今の相手は元から猛攻も猛攻、手を緩める気さえない。ここへ隙を作りたかった。

 ――ならば敢えて下にいる者たちを狙おう。


 そう注意をそちらに向けた瞬間、火口に逃げ込めばいい、と不死鳥は思い至る。

 意思を獲得して間もないが故に幼い思考だったが、下にいる敵を闇雲に攻撃し続けるよりも効果の見込める行動だ。

 下へ攻撃を向けて撹乱し、その隙に火口へと逃げ込む、と作戦を決める。火口は不死鳥の回復力を押し上げる環境に整えてあるため、静夏たちが追いつくまでに全快しているだろう。


 不死鳥は羽根の一部を切り離して地上にいる者、特に後方支援をしている者に向かって攻撃を放つ。

 この余波を最も強く受けたのはヨルシャミだった。

 地面に落ちるなり爆発した羽根。こういった攻撃方法は真似したどの相手も持っておらず、不死鳥自身が考え作り出した攻撃だ。ヨルシャミはその爆風に吹き飛ばされ勢いよく崖の方へと転がった。

 そのまま崖から落ちる寸前のところでヨルシャミは声を張り上げる。


「……っ必ず戻る! そのまま続けろ、イオリ!」


 残されたのはそんな言葉だけ。

 崖下に消えたヨルシャミを追って走り出したバルドが「任せとけ!」と言い残して自ら崖に飛び込んでいった。


 なぜそんな不可解な行動をするのか不死鳥にはわからない。

 ただ、目前の『脅威』に衝撃を与えるには足りなかった、ということだけはわかった。

 伊織の中に湧き始めていた混乱はヨルシャミのたった一言で鳴りを潜め、今は再び集中力を高めている。


「さっきはよくもやってくれたわね……もう悪足掻きはやめたらどう!?」


 不死鳥も限界まで高めた集中力で恐ろしき炎と牙から逃れている中、真下からあまりにも狙いが精密な炎の矢が飛んできて体勢を崩す。


 そこへ一抱えもある火の玉が――火に包まれた岩が飛んできたのを見て、不死鳥はぎょっとした。

 静夏が投げたものだ。

 もはや天からではなく地面から放たれた隕石と言っても過言ではない。それが視界いっぱいに広がり、体が竦んだ不死鳥は反応が一瞬遅れた。

 下半身が持っていかれる。血の代わりに紫の炎が噴き出し、体に戻ることができなくなったそれはきらきらと輝きながら地面に降り注いだ。

 それも雪に触れる前に黒い煙を残して消えていく。

 そして。


「――今だ!」


 伊織の指示と共に大きく開かれたリーヴァの口。

 そこに並ぶ牙に火の玉の炎が絡みつき、そのまま不死鳥の上半身に噛みついた。

 噛み応えはほぼない。しかし牙は確実に食い込み、食いちぎる直前にリーヴァは自前の炎を口から放った。


 多数の人間と獣の声が合わさった悲鳴が響き、不死鳥が薄紫に変化した炎の軌跡を残して落下する。

 それは花火の最期にも似ていた。

 途中で首がちぎれ、僅かに残った胴体とは別々の場所に落ちる。ふわりと傍らに降り立ったリーヴァと伊織は息を整えてそれを見下ろした。


「な……んとか、終わった……」


 紫の炎は末端から黒い煙に変わっていき、自在に動くこともできない。

 安堵した伊織はよろめきながら地面に下りた。

 ヨルシャミの言葉を信じてそのまま突き進んだが、安堵すると途端に心配になり、崖の方へ視線をやる。崖の手前には静夏たちが立っていた。


 伊織はリーヴァとの繋がりは強化したが魔力譲渡はまだ行なったことがない。

 しかしもし今譲渡してバイクの時のような思わぬ強化が発現すると厄介だ。雪山はデリケートなものだと知っている。

 とするとリーヴァ自前の魔力のみとなるが、激しい攻撃を繰り返したためか少し心許ない残量になっていた。これを使って崖下まで飛び、ヨルシャミたちの安否を確認する方法が脳裏を過ったが――伊織は「ありがとう」とリーヴァに伝えて送還する。


 ララコアに不死鳥退治の一報をもたらすのは早い方がいい。

 なら帰りはリーヴァの世話になるだろう。

 そう考え、今のうちに回復していてもらおうと考えてのことだった。


「母さん! 皆! ヨルシャミたちは――」


 歩みを進める伊織と、それに応えるように駆け寄ろうとした静夏が表情を強張らせる。

「え……」

 その表情を視界に入れて初めて、伊織は気を緩めるのが早すぎたと理解した。

 しかし理解したからといってすぐに体が動くものでもない。ただ、本能的な動きで後ろを振り返ることだけはできた。


 首だけになった不死鳥から炎が噴き出している。

 消えかかった薄紫ではない、濃い紫の美しい炎だ。

 それはなけなしの炎を搔き集めて作った即席の翼のようだった。


(首は自切してた……!?)


 刹那、不死鳥は意図的に炎を噴いて周囲の雪を一気に蒸発させ、真っ白な水蒸気で景色も、伊織も、そして自分自身をも包み込む。

 あまりにも激しい目隠しだったが、不死鳥が逃げられるほど長い時間はもたなかった。

 あっという間に水蒸気が空気に溶け入るように消え去り、隠れていたものの輪郭がはっきりとする。


「これは……」

「おいおい、どうなってんだよ」


 しかし走り寄った静夏たちは唖然とした。

 視界が晴れた時――そこに居たのは、呆然とした表情を浮かべた二人の伊織だった。

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