第252話 使いどころが違う!

 ――自分は魔獣であり世界を侵さなくてはならない。

 理由は特に思い当たらないが、そういう存在だというのが一番しっくりくる。


 不死鳥はそんな自覚だけで動いていたが、現れる脅威を真似て真似て、そして自身の炎の特性を合わせることで脅威を上回り危機を乗り越えていく中で、不思議と回数を重ねるごとに意識が明瞭になっていった。

 残念なことにそれは真似た世代を遡ると失われていたが、新しい世代の姿になると再び得ることができるものだ。


 これは真似た生き物が持つ器官によるもので、成長するたびそれを綺麗に模倣できるようになっているのだな、と気がつく。


 今目の前にいる脅威の姿になってからは特に顕著で、記憶を反芻するたび様々な知識を得ることができた。

 この精度の模倣をもう一度やれば、更に色んなことを知れるのではないか。

 それにはまず脅威を取り除かねばならないが――倒すべき相手は他にもいる。そしてそれは遠距離から放たれる攻撃を追えば見つけられる、と自然と思考が繋がっていた。


 そして不死鳥はサルサムの姿で小さく呟く。

 見つけた、と。


     ***


 くるりと方向転換してから距離を詰めるまで無駄な動きが一切なかった。


 瞬きのたびにコマ送りで近づかれたと錯覚するような勢い。

 それに真っ先に反応したのはリータだった。


「ヨルシャミさん、危ない!」


 隣に潜んでいたヨルシャミを突き飛ばすなり、茂みを飛び越えてサルサムの姿をした不死鳥が現れる。

 左手には少しでも触れれば皮膚も肉も切れてしまうほど鋭利なナイフが握られていた。

 不死鳥はリータの肩口を掴み引き倒す形で着地するが、ナイフを突き立てる前に脇腹に凄まじい熱さを感じて目を剥いた。

 リータがゼロ距離で炎の矢、それも散弾用のものを放ったのだ。

 もちろん矢は散る前にすべて命中しているため、通常の矢とは比べ物にならないほど肉が抉れている。

 代わりにリータの両手もじんじんと痺れていた。

 自身の作り出した炎で火傷はしないが、放った反動はあるのだ。


 もう一発同じものを打つだろうか?

 否、打てるのだろうか?


 そう本能的に思案した不死鳥は警戒する。

 何かこの新たな脅威に隙を作る方法はないか。

 そうしている間に真横からヨルシャミが炎の魔法を放ち、不死鳥はリータを掴んだまま茂みの外へ放り出された。

 そこへサルサムが走り寄る数秒の間。

 その僅かな間に不死鳥は模倣した相手の記憶を掻き回して方法を探し、そして発見した。


 こんなもの効くのだろうか。

 そんな疑問が湧くが、答えを得られるほど記憶は完璧ではない。

 兎にも角にも時間はないのだ。手元にカードがあるなら試してみるべきである、と不死鳥は行動を決め――


 至極自然な動きで、リータの唇に自分の唇を重ねた。


     ***


 走っていたサルサムは危うくナイフを取り落としかけた。


 倒れたリータ。覆い被さった自分と同じ姿をした不死鳥。

 その不死鳥が自身を睨みつけるリータに顔を寄せたところで、サルサムにはなんとなく何をしようとしているのか伝わっていた。


 恐らく不死鳥は隙が生じることを望んている。


 先ほど茂みの向こうで光ったのはリータの魔法だろう。その結果、不死鳥にとってリータは新たな脅威となった。

 その脅威に対抗するために隙を作りたいはず。自分ならそう考える、とサルサムは思う。

 そしてリータは女性だ。


 ――その昔、サルサムを含む兄弟たちを集めた両親が言ったことがある。


「お前たちの地味な顔つきは意図したものだ、母からの贈り物と思え」

「ばっちり贈ったわ」

「しかしその顔つき故にやりにくい仕事もあるだろう。困ったことに美醜は異性相手の交渉にも関わってくる。だからもしやりにくいと感じたその時は……」

「テクニックよ」

「そうだ、技術力でカバーし隙を作れ」


 真顔でこれを言ってのけたのである。

 裏社会的な家業をしているのなら致し方のないことかもしれないが、この時サルサムはまだ十三歳だった。

 それでも両親の教えを心に留め、それなりに技術は磨いたのである。情報収集にも役立つものを。


 その技術は様々な種類があるが、今必要な情報を端的に言うと――キスがとても上手い。

 百戦錬磨と呼ばれる娼婦相手に腰を砕けさせたことがある。その時は難なく情報を得ることができ、コストのかからない良い技術だとサルサムは再認識していた。

 キスひとつと侮るなかれ、それほど隙を作るのに最適なのである。

 そう、最適ではあるのだが。


 予想通りの行動を取った不死鳥を見て、サルサムは実際にナイフを取り落とした。

 しかも足まで止めた。

 周りにいるサラマンダーたちが「いいの?」「いいの?」という顔で見上げる。

 しかしサルサムはそれどころではない。


 何か言いかけて歯を食いしばり、しかし我慢しきれずに口を開くと肺一杯に空気を吸い込む。空気の冷たさは頭を冷静にしてくれることなく熱され、絞り出すような怒号と共に吐き出された。


「そ……れ、はッ! こういう時に使うもんじゃねぇッ! 殺すぞ俺!!」


 真下へ振り下ろした両腕の袖からぼとぼとと暗器が落ち、利便性度外視で両手に数本のナイフと太い針状の武器を持ったサルサムはそれらにサラマンダーの炎を纏わせると、雪に三歩だけ足跡をつけて不死鳥に接敵した。

 瞬時に一本を残して空中に放り投げ、逆手に持ち替えた残りの一本で不死鳥のうなじを狙う。

 殺気を感じた不死鳥はそちらを確認する前に飛び退き、呆然とするリータを残して退いたが――体を退く先がわかっていたような動きですぐさまサルサムが距離を詰め、時間差で落ちてきた武器を掴んで追撃する。


 一撃に見えて空気を切る音が二度するような猛攻だった。

 感情による動きが不死鳥の読み取った技術を上回っている。


 サルサムは何度か不死鳥の攻撃を受けつつも何の躊躇いもなく突っ込み、迷うことなく自分と同じ顔の首を切りつけた。

 しかし首は落ちない。

 弱々しくなったサラマンダーの炎が猛攻で掻き消えたのだ。

 首の傷を再生させた不死鳥は僅かに驚きの表情を覗かせつつ、たたらを踏むように後退した。

 追おうとしたサルサムの腕をリータが掴む。


「サルサムさん、落ち着いてください! 血だらけですよ!」

「だが」

「私は大丈夫ですから!」


 サルサムは長く息を吐く。

 呼吸をずっと止めていたような気がした。その口の端から血が流れ、体のあちこちを負傷していることにようやく気がつく。

 捨て身の猛攻は効くが、仲間を持つ者の戦い方ではない。


「……」


 サルサムは荒れた息を整えて困ったような笑みを浮かべた。


「……大丈夫じゃないだろ、強がるな」

「そっちこそ。ほら、ちゃんと連携して戦いましょう」


 サルサムはリータの視線を追って不死鳥を見る。

 あちらも大分疲弊していた。初めて深度の深い死の恐怖を感じたような顔をしており、それはサルサムの顔に似合わないものだった。

 きっと不死鳥自身の感情なのだろう。

「……?」

 リータを脅威と認識していたのに真似ていない。そして真似る様子もない。

 サルサムはハッとする。


「――! 次の模倣までラグがあるぞ! やるなら今だ!」


 今はまだ三人以上真似られないか、もしくは一度真似るとしばらく同じ行動を起こせないか。


 どちらにせよ――その隙を活かそうと思うなら、次の模倣が可能になるまでどれほどあるかわからない以上、一秒でも早く動いた方がいい。

 号令をかけ、サルサムは己の姿をした不死鳥の前に再び躍り出て注意を引く。

 事前の合図なしに射線に立つのは愚かなことだが、リータなら自分に当たらないよう射ることができるだろうという信頼故の行動だった。


 戸惑う不死鳥の前に立つサルサムたち。

 そして――不死鳥の後ろから、息を潜めていた静夏たちが飛び出した。

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