第142話 説明しなくてはならないこと
病院にはヒルェンナたちが使用している小さなキッチンがあったため、そこを借りてリータとサルサムが二人で夜食を作った。
セラアニスは丸一日は何も口にしていないことになる上、病み上がりだったが臓器等に異常はないため本人が望むなら何を食べても大丈夫とのことだ。
リータたちも村に着いてからの食事は買ってきたもので手早く済ませたせいか小腹が空いている。
そこですり潰したジャガイモとベーコンを入れたポタージュを作り、自分たちはスープだけ、セラアニスにはパンを付けて食卓を囲むことになった。食卓といっても病室の小さなテーブルで、セラアニスに至ってはベッドの上だが彼女は感激していた。
「……! 凄く美味しいです、パンと合いますね。このパンも表面がサクサクした食感で、あの……その、好きです!」
語彙がなくなるほど美味しかったのか、セラアニスは目を輝かせながらパンを頬張る。
パンくず一つ零さない所作から育ちの良さが窺えた。ヨルシャミさんならもっと豪快に食べていたかも、とつい考えてしまったリータは心の中で首を横に振りながら「よかったです」と笑みを浮かべた。
「明日そのパンを売っていたお店に行ってみます?」
「えっ、いいんですか……!?」
「目覚めてからも様子見で一日入院、って話でしたけど脳への刺激にもなるし外出してもいいってヒルェンナさんが言ってました。……ふふ、他にも色んなパンがありましたよ、乾燥コーンを混ぜ込んだものとか中にチーズをたっぷり詰め込んで焼いたものとか」
セラアニスは「食べながらなのにお腹が鳴ってしまいそうです」とくすくすと笑った。
***
――壁にもたれかかり、マグカップでスープを飲んでいたサルサムはセラアニスの様子を観察していた。
物を食べるという行為には本人が思っている以上の個性が出る。
セラアニスのそれはヨルシャミとは完全に別物だった。恐らく一般人並みの観察眼だと思われるリータにさえ伝わるほどのものだ。
サルサムにとっての『ヨルシャミ』は未だ得体の知れない部分が多々ある人物だったが――咄嗟に他人を庇える人物だと間近で見た影響か、はたまた裏表の無さを信頼している伊織たちが心配するせいか、早く元に戻ればいいのにと思わずにはいられない。
その一方でリータたちがセラアニスという一人の女の子を案じる気持ちもわかった。
演じているわけではないただの少女。それが時間が経つほどよく伝わってくる。
(これが仕事なら切り捨てられるんだが)
困ったことに仲間内でのこととなるとどうすればいいのかわからない。今までここまで善性で人数の多い集団に属したことがなかったせいだ。
自分にもまだまだ経験不足なことがあったんだな、とサルサムが考えていると、その隣にミュゲイラがもたれかかった。
「なーんか、ああやって妹と談笑してるのを見てるとマジで普通の女の子だよなぁ」
「お前は混ざらなくていいのか?」
「今アクセサリーの話になってんだよ、あたしはそこまで興味ないからさ」
そう言うわりに耳飾りをしてるじゃないか、とサルサムが目線を上げるとミュゲイラは笑った。
「よく見てんじゃん! でもこれ、子供の頃にリータに貰ったものなんだよ」
「へえ、……前から思ってたが姉妹仲が良いんだな」
「普通じゃねぇ? むしろ他所はそんな仲が悪いのか?」
ミュゲイラは首を傾げる。姉妹仲を対比すべきものが今までなかったらしい。
サルサムは肩を竦めて答えた。
「うちの妹たちは凄いぞ、すぐ喧嘩するし得物は持ち出すし毎日何か競い合ってるしな」
「オイオイ、武器持って喧嘩はやべーだろ……」
「それが四人分」
「四人も居るのか!?」
男兄弟もいるぞとサルサムは付け加える。
家族の人数を話すと時折こういう反応をされることがあった。サルサムの住む村では兄弟が多いことは普通のことだったが、やはり土地が変わればその辺りも変わるようだ。
ミュゲイラが姉妹仲の基準についてわかっていなかったように、サルサムも家族の人数についての基準がわかっていない。それが様々な土地出身の者が集まったパーティーの醍醐味なのかもしれないな、とサルサムはなんとなく思った。
「……ところで、ミュゲイラ」
「ん?」
「なんでお前までスープだけでなくパンまで食べてるんだ? しかもセラアニスの分より多いだろ、それ」
ミュゲイラは切ってもいないパンを丸々片手に持ち、もう片手にカップ入りのスープを持っていた。しかもカップはこの中の誰よりも大きい。
パンとカップを交互に見た後、ミュゲイラはニッと歯を見せて笑う。
「美味そうだったからつい!」
「……」
なんとなく、今は離れ離れになっている相方を思い出したサルサムだった。
――夜食も終わり、リータが食器を集めていると突然部屋の外が騒がしくなった。
急患だろうか。なら今は邪魔にならないよう外に出ない方がいいかもしれない。
三人がそう考えていた時、外から聞こえる声の中に聞き覚えのある声が混ざっていることに気がつき顔を見合わせた。
よく通る少年の声。
長く一緒に居たわけではないが、これはネロの声だと察することができる。
セラアニスだけがきょとんとする中、三人はそうっと病室から廊下へと出て声のする方向を見た。待合室と受け付けカウンターの傍に人影が見える。
門番らしい物々しい恰好をした男性とパルドース、そして赤毛の少年――ネロだ。
「ネロさん!」
「……っ!? リータさん、たち? ここに居たのか!?」
はっとした様子のネロの背中からパルドースが伊織を抱き上げる。
その伊織の様子があまりにもぐったりとしており、リータは危うく駆け寄りそうになったがすんでのところで堪えた。
パルドースは診察室に伊織を連れて行こうとしている。このまま駆けよれば邪魔をするだけだ。
「この人たちと知り合いなのか?」
門番の男性からの問いにネロは頷き、リータたちの方へ歩き出そうとしたがすぐに腰が砕けたように膝をついてしまった。
緊張の糸が切れたんだろう、と門番の男性が手を貸して立ち上がらせる。
「そこの三人、私は持ち場に戻らなくてはならないから、この少年のことを頼んでもいいか?」
「はい、もちろんです」
「事情は本人から直接聞いてくれ」
門番の男性からネロを迎え、サルサムが屈んで肩を貸す。
ネロも伊織の後で診察を受けることになっているという。その間だけでも部屋で休ませよう、と許可を得て病室に招き入れた。
リータはネロの顔色や怪我の有無を確認しながら口を開く。
「無事でよかったです。けどあれから一体何が……?」
「あ、ああ、説明すると長くなるんだが――」
話し始めようとしたネロはベッドの上のセラアニスと目が合い、言い表せぬ違和感を感じたのか固まった。
セラアニスはセラアニスで肉体的にも精神的にも疲弊しているように見える少年が突然室内に現れたことで目を瞬かせている。
「だ、大丈夫ですか? どこかお怪我でも?」
セラアニスからかけられた心配の言葉にも満足に返事をできないまま、ネロはリータたち三人を見て小声で言った。
「……何がどうしてああなったんだ?」
どうやら説明しなくてはならないことはお互いに沢山あるらしい。
そう双方気がついた瞬間だったという。
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