第115話 やっぱり地獄の責め苦だこれ
――翌日。
残りの勝負は順番にバルド、静夏、ヨルシャミ、伊織の四人だった。
じゃんけんで決めたものの怪我やハンデのある二人は自動的に最後尾になっている。
昨日は不完全燃焼だったミュゲイラは「大食い勝負の方が良かったかなぁ」とぼやいていたが、それはそれで二人とも食べ過ぎて倒れていた予感が伊織はした。
「今日は俺からだな。色々考えてきたんだけどよー、ネロは手品とかできるか?」
「て、手品は経験ないかな……タネになるものも持ってないし」
「じゃあ鍵開けは?」
「それもちょっと……壊しても良いなら出来るかもしれないけれど……」
「うーん、そんじゃバンジージャンプ!」
「突然ジャンルが飛んだ!?」
バンジージャンプだけに? と勝手にウケているバルドを眺めながら伊織は多趣味だなぁと素直に感心していた。
前半はどういった経緯で身につけた技術なのか気になるが、それも記憶と共に失われてしまったのだろうか。
「多趣味というレベルではないだろう、あれは」
伊織の隣に腰掛けたヨルシャミが言う。
相変わらず視力は弱いままだが、騒がしい声と伊織の呟きはばっちり届いていたらしい。
少なくともナレッジメカニクスの仕事中は各地に出向いていたのだから、これくらいならありえるのではないか。サルサムも近い多芸さを隠している気がする。
そう思ったが未だに勝負案の模索をしている会話の端々から新たな技能や趣味が垣間見え、伊織は反論の言葉を飲み込んだ。
バンジージャンプはネロも乗り気だったものの――近場に試せそうな場所がないらしい。
山に崖はあるが安全性に無視できない難があった。
次から次へと出される代案にネロはついに首をぶんぶんと横に振る。
「も、もう俺の出来ることでなくてもそっちの得意なことならいいから……!」
「いやいや、そんだけ正々堂々としてるならこっちも合わせられるところは合わせねぇとな!」
しまいには譲り合いに発展しているのを眺めながらヨルシャミが言った。
「あやつ、昔はどこで何をしていたのであろうな?」
「どこで何を……」
一片たりとも過去を覚えていないのか、それとも欠片くらいは覚えているのか。
もしかすると記憶があった頃のバルドは『今のバルド』とは百八十度違う人間だった可能性もある。伊織はそんな彼を想像しようとしたが、今のインパクトが強すぎて上手く浮かんでこなかった。
「……わからないことだらけだけど、この旅で何か手がかりが掴めるといいなぁ」
「本人はさして気にしていないようだが、……おっ」
勝負がナイフ投げに決まりかけ、ヨルシャミが注目する。
しかしバルドが「でもリータとの勝負と被らねぇ?」と疑問を呈した。被るほどじゃないだろうとネロもサルサムも伊織も首を振る。
「――ふむ、では逆バンジーはどうだろうか?」
そう申し出たのは二人をずっと見守っていた静夏だった。
「逆バンジー? つまり落下するんじゃなくて飛び上がるのか?」
「そう。判定は……どちらかの口に咥えたリボンが落ちるまで、そして落ちた方が負けというものを提案しよう」
「でもそんなのどうやって……あっ、ヨルシャミに頼むとかそういう」
いや、と静夏は首を横に振る。
この後勝負はあるが、ヨルシャミにはまだ可能な限り養生していてもらいたいということらしい。
それじゃあどうやって? と疑問符を浮かべるバルドとネロが答えに辿り着く前に、静夏の言わんとしていることを察した伊織、リータ、ヨルシャミ、ミュゲイラはハッとした。
静夏は自身の逞しさ迸る太腿に手をやって言う。
「私が二人を抱えて跳ぶ」
「……」
「……と、跳ぶ?」
「そうだ」
言われたことをそのまま想像出来なかったのか、バルドとネロが顔を見合わせた。
そのまま説明を求めるように伊織を見たが、言葉の意味そのまんまなので上手く説明ができない。説明したところで「母さんが二人を抱えて跳ぶんです」になる。
仕方なく「聖女マッシヴ様なのだから、人間二人を抱えて家の高さくらいまでジャンプできるのかもしれないな」と二人は自力で想像したが、続けて静夏が重ねた言葉から不穏なものを感じ取って黙った。
「もし呼吸ができなくなったら服を引っ張って教えてほしい」
黙ったが――勝負としてはもってこいかもしれない。
静夏の実際の跳躍力を知らない二人はそんなことを思ってしまったのだった。
結果だけ言うとシュールな地獄絵図のようだった。犯罪者でもこんな罰は受けないだろう。
村の開けた場所で行なわれた逆バンジーは伊織にそんな感想を抱かせた。
呼吸すら難しくなるほどの勢いで跳び上がり、落下までの一瞬だけ滞空を経験する。その直後の凄まじい重力、そして着地の衝撃。恐らく脳と内臓がシェイクされている。
これは十分普通のバンジージャンプの要素も入っているのでは? と思わずにはいられない。つまり二倍ヤバい。
それを何度も繰り返す。
とにかく繰り返す。
なにせ勝負のルールが二人が耐えている限り終わらない方式なのだ。
「やっぱり地獄の責め苦だこれ……」
叫び声さえ残さず何回目かわからない空への旅に誘われていったバルドとネロを見送り、伊織はぽつりと呟いた。
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