第114話 ネロの反省、伊織の精進

 ――足が攣った勝負の後のことだ。

 なんと静夏に抱えられて自室に戻ることになったネロは形容し難い羞恥心と情けなさと悔しさに身悶えていた。


 無理を承知で挑んだ勝負。

 それを快諾し、更にはこちらの不備だというのに部屋まで送ってくれた伊織の母親。


(……同じ親でもここまで違うものなのか)

 改めて自分の両親との差を感じてしまい、ネロは複雑な感情の上に更に名称不明の感情を上乗せしたような気分になった。正直言ってこういう気分は持て余してしまう。

 どうにも落ち着かなくなり、ベッドで横になりながら枕元にもたれかからせた荷物を見遣った。

 この中にはネランゼリが使っていたダガーが入っている。

 あの時は何が何でも勝負をしてもらう、もう逃がさない、という気持ちから持ち出したが伊織には悪いことをしてしまったとネロは無意識に眉尻を下げる。一度チャンスを逃したからとはいえ余裕が無さすぎた。


(ちゃんと真正面から頼んでれば聞いてくれただろうな。あのイオリの仲間だもんな……あーもー、先走りすぎ!)


 ネロは反省しながら更に身悶えた。

 先走った理由はわかっている。早く両親を見返してやりたい、というのもあるが――ネランゼリがこのまま忘れ去られるのを待つだけなんて、そんなのあんまりだと思ったのだ。


 救世主と呼ばれていても特殊な力を持つだけで世のために動かない者もいた。

 そんな中でネランゼリは国を跨いで各地を渡り歩き、行く先々で魔獣を倒して人々を救ってきたのだ。

 それはまさしく救世主の姿だ、とネロは思う。


(……もし自分の先祖じゃなくても俺は憧れてたと思う。ああなりたい、って)


 ネランゼリは第二の故郷として定めた地で天寿を全うした。

 しかしそんな彼が流れた月日に押し流され、自分の子孫にさえ蔑ろにされようとしている。

 平和な時間により周囲の人々が徐々に救世主を忘れていくのは仕方ないことだと思うが、子孫があんな扱いをするのはネロには許すことができなかった。


 許せないからといって何をしてもいいってわけじゃないけどな、とネロは心の中で自分に釘を刺す。

 ――この気持ちを打ち明けたら、聖女マッシヴ様なら何と言うだろうか。

 家族という存在が信用できないネロには複雑な存在だ。若干の反発心もあるが、これは自分が未熟なせいだろうということだけはわかる。

 攣ってしまった足はもう回復し痛みもないが、ぐるぐると考えていたせいで今度は頭が痛くなってきた。


 考えるのはやめて、今は明日に備えよう。


 そう自分に言い聞かせるように決め、ネロは腕を目の上に置いて長い息をついた。


     ***


「そうそう、力を抜いて……リラックスして……指先に集中するんだ」

「あの、囁くのやめてください……」


 召喚術の訓練中、イメージ力が大切だからと指先をバイクのキーに見立てて召喚のトリガーにしてみようということになったのだが、ニルヴァーレにやたらと良い声で指示を囁かれるため伊織は集中力が乱れて仕方なかった。

 しかしたしかにこの方法は良いかもしれない。

 伊織にとって召喚とバイクはイメージが強く結びついている。

 ヨルシャミやニルヴァーレくらいになるとさり気ない動きで召喚魔法を扱えるが、下級の魔導師などはトリガー用に杖をよく用いるのだという。訓練の初めにそれを持ち出さなかったのは二人とも紛うことなき天才「すぎた」からだろう。発想がそこに至らなかったのだ。

 なお、その際使われる杖は特別なものではなく補助輪のような役割を果たすといっただけだが、杖そのものに特殊な力がある場合は違うらしい。ヨルシャミが愛用していたという杖もその類だ。


 何はともあれ、今夜はワイバーンを呼び出してみせる。

 怪我が治っているならもう何も遠慮することはない。もちろんこの世界ならシミュレーションなので練習するだけなら元々気にすることはないのだが、気持ちが違う。

 腕組みをしたヨルシャミが見守る中、伊織は親指を立て人差し指だけを伸ばした――前世で言う、いわゆるピストルの形を作ると挿し込むようにして左に回した。


「っ!」


 パッ、と明るい光が視界に散って目を細める。

 何かを呼び出した――という感覚だけかが先に伝わってきた。

 だがまだ喜ぶのは早い。この感覚は毛虫を呼び出した時にもしっかりと伝わってきたものなのだから。


「おお、やったではないかイオリ! きちんとワイバーンが出てきているぞ!」

「えっ!? 本当――」


 ヨルシャミの声に伊織は笑みを見せる。

 しかしその声音に笑いが含まれていることに気がついて目をぱちくりとさせた。

 はっきりとしていく視界に現れた空飛ぶワイバーン。色も形もあの日伊織が上書きテイムした個体に似ていたが、しかし、手の平サイズだった。

 どこからどう見ても手の平サイズだった。

 記憶の中から手のリサイズのヒョウモントカゲモドキが浮かんでくる。正直言ってかわいらしいが、伊織は判断に迷ってヨルシャミとニルヴァーレを見た。


「……あのこれ……成功って言ってもいいのかな……?」


 キュウンキュウンと鳴きながら伊織の頭の周りを飛び回るプチワイバーン。じつによく懐いている。

 それを見て口元を押さえながらニルヴァーレは答えた。絶対に笑っていると伊織に確信させる声音で。

「半分くらいは!」

「精進します!」

 伊織がそう力強く言ったと同時に、プチワイバーンは口からプチファイアーを吐いてキュウッと再び鳴いた。

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