第94話 4人乗り壁走り!

 突如飛び出してきた伊織たちに球体が弾き飛ばされる。


 いななきの代わりにエンジン音を響かせ、伊織たちを乗せたバイクは廊下を疾走し始めた。

 床にタイヤ痕を残して走り去ろうとするバイクに球体たちが追い縋り、再びビームを発射したが――屋根状の半透明なガードに弾き返される。


「凄いなこれ、何で出来てるんだ……!?」

「バイク本体が変形したものです。ガードにリソースを割いてる分、こいつ本体の魔力の消費が激しいんで長くは持ちませんが……!」


 旅をしている間にわかったことだが、バイク自身の魔力は燃料メーターで確認できる。

 伊織自身の魔力とバイク自身の魔力は別カウントのため、メーターは常に気にしておいたほうがいい。

 召喚者である伊織の魔力を分け与える方法もある、と過去にヨルシャミは言っていたが、通常の召喚魔法もままならぬ伊織にはまだ高等技術らしく方法は教えてもらっていない。

 主人が不甲斐ないばかりにごめんな、と思っていると握ったハンドルからこちらを気遣っているような気配が伝わってきた。やはり自分の愛車は良い奴だと伊織は再認識する。

 そこでバルドが声を上げた。


「あいつら追ってくるぞ!」


 バックミラーを確認すると球体たちが確実にスピードを上げている。

 ビームを打つのをやめて速度を出すことに専念し始めたらしい。見れば廊下の終わりも近かった。

 今は防御と逃走に特化しているため、バイクにサイドカーはない。そのため運転席の伊織にリータがしがみつき、その後ろの僅かなスペース――といっても大型バイク並みにサイズを増しているため十分入るが、そのスペースにバルドとサルサムが無理やり乗っていた。

 ふたりは屋根に掴まって姿勢を維持しているため、あまり無茶な動きはしたくない。が。


「長い廊下をバイクで走ってる時点で無茶も何もないよなぁ……」

「な、なんか言ったか?」

「三人ともしっかりと掴まっててください!」


 伊織は無意識に姿勢を低くしてバイクを傾け、曲がり角に入るなり車体をバウンドさせた。

 主人がどう動きたいのか巧みに感じ取ったバイクはそのまま凄まじいスピードで壁を走り始める。

 思わず叫ぶバルドたちをよそに、曲がり角に達するたび角度を変えて走ることで撹乱し、少しずつ距離を開けていく。そしてある時、角を曲がって死角に入るなり伊織は車体の向きを反転させた。


「今から逆走します。リータさん、魔法弓術で発射口を狙えますか?」

「……っ! はい、やります!」


 返事を聞くなり伊織はバイクを発進させ、球体たちに向かって高速で走り出す。

 そのまま床ぎりぎりまでバイクを横倒しにし、球体たちの真下を抜けるように滑り込み――擦れ違いざまに、リータが輝く矢を三つの球体それぞれのレーザー発射口を射った。


 近距離。

 追う必要がない。

 対象の体勢がおかしいが問題なし。


 そう判断した球体はレーザーを打とうとしたが、奇しくもそれは魔法で形作られた矢が発射口に刺さったのと同時だった。

 貫通するほどの威力はないが、それでも放たれた矢はしばらく物理的に残り続ける。

 結果、レーザーを暴発させた球体は黒い煙を上げたかと思えば全身に魔法陣のような光る文字が走り、その全貌を見る前に爆発四散した。

「おわぁっ!」

 予想以上の爆風にバイクごと前面に吹き飛ばされる。

 だが防御重視だったのが幸いした。衝撃で舌は噛んだものの、五回ほどバウンドして廊下に着地する。


「やべえ! サルサムに頭突きしちまった!」

「お前……後で医療費ふんだくるからな……」


 サルサムは悶絶しているが他に怪我はないらしい。

 ほっとしながら伊織はバイクを送還する。慣れない要素を足したためやはり消費が激しい。

「……」

 伊織は肩で息をしながら振り返った。

 球体は三つともぶすぶすと煙を上らせながら時折ショートした電気を発しており、もはや動く気配はない。


(……ね、狙って、ってとりあえずは一体のつもりだったんだけど)


 リータは見事一回のチャンスで三つとも射貫いたのだ。

 確実に弓矢の腕が上がっている。

「イオリさん、やりましたね!」

 当のリータは自慢するでもなく無邪気に喜んでいた。伊織は安堵しつつ頷く。

「ありがとうございます、まさか一気に三つとも狙ってくれるとは思ってませんでした……! 凄いですよリータさん!」

「え、えっ、そこまで凄いことじゃ……その、この旅で実戦経験も積めたし自主練もしてたので……っ」

 徐々に声を小さくしながらそう言う。

 しかしそれは自信の無さの表れというよりは、伊織に褒められたことで照れて声が小さくなっているだけなようだった。


「やるなぁエルフの姉ちゃん!」

「エルフの姉ちゃんじゃなくてリータさんだろ」


 そんな赤くなっているリータの横でバルドにサルサムがツッコミを入れる。

 まだ間接的にしか知らねぇんだから呼びづらいじゃんと言うバルドを見て、リータは小さく笑うと改めてふたりに自己紹介をした。

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