第32話 ゴーストタウンになった夜

 激戦だった。

 伊織の体感としてはウィスプウィザード戦に匹敵する疲労感だった。


 それでもなんとかすべての試着を終え、普段の服に着替えてほっと一息つく。

 ロアーナは「これで仕事が捗りますわ! ありがとう!」と喜び、約束通りヨルシャミに服と杖ホルダーをプレゼントしてくれた。

 そちらも何か好きなものを、と言われた伊織は悩んだ末にしっかりとした革製のウエストバッグを選ぶ。

 ミュゲイラの時はOKだったものの布製品判定が下されるか怪しかったが、モデルのお礼ということで迷わず選ぶことができた。


(そういえば慌ただしすぎて忘れてたけど、そろそろ僕もひとつ選ばないとな……)


 当初貰おうと考えていたカバンはウエストバッグで賄えた気がする。

 もうひとつ大容量のカバンを入手してもいいのだが、どうせなら少し違うものにしたいという欲が出てきた。


「なんだイオリ、お前はまだ報酬を選んでいなかったのか」

「ああ、うん、カバンが欲しかったんだけどこのバッグで満たされちゃって」

「なら折角ここに居るのだ、服にしたらどうだ?」


 服、と伊織は改めて店内を見回す。

 奇抜な服やファッションショーに出るような服、礼服などが多かったが、もちろん普通の服も揃っていた。キャラは濃いがロアーナたちの縫製技術は最高のものらしく、どれもこれも出来が良い。

 ちなみにこのウエストバッグはクリスの作品で、彼女は普段は革製品を専門に扱っているのだという。


「服かー……でも今の僕って十四才だから下手すると来年には着られなくなってる可能性があるんだよなぁ。だからちょっともったいないっていうか……」

「あぁそうか、育ち盛りというやつか! ――そういえば前世ではいくつだったのだ?」

「年齢? 十八だけど」


 ヨルシャミはふむふむと頷いて「勝った」などと知らぬ間に脳内開催されていたらしい年齢比べの勝利宣言をした。

 少なくとも精神年齢はそっちの方が低いと思う、と伊織は声に出さずに思う。


 その時、言葉の端々を耳にしたらしい禿頭の男性が一着の服を持って近づいてきた。

「あなたは……」

「自己紹介が遅れてごめんなさい、アタシはロデオ。ほら、これならサイズに余裕があるから背が伸びても融通が利くわよ。布地も伸びる素材なのだけれど……デザインさえ苦手でなければ候補としてどうかしら?」

 それはワンセットになっている黒いシャツとショート丈のカーキ色ジャケットだった。

 シャツの裾にはロアーナレディスのブランドを示す針と糸の刺繍が入っている。たしかにシャツはよく伸び、ジャケットはかっちりとした手触りだったが――よく見ると背中に細いジッパーがついている。


「それ、左右の布をヒダにして上手く隠れてるでしょう?」

「普通に縦線の模様だと思ってました……!」

「うふふ、きつくなってきたらジッパーを開いて調整できるようにしてあるの。ここってあなたたちにモデルをお願いしたような年代の子もメインターゲットだから、色々と工夫してるのよ」


 伊織は感心した様子でジャケットをまじまじと見た。

 これなら今後成長してもしばらくは着れるだろう。それにあまり考えたくはないが――もし、もしも、万が一、ほとんど成長しなかったとしてもそのまま着続けることができる。

「お、お言葉に甘えてこれにします!」

 伊織がシャツとジャケットを手に頷くと、ロデオは「アリガト、じつはそれを作ったのはアタシなの」とウインクして嬉しそうに笑った。


     ***


 静夏を見つけることは本当に造作もないことだった。

 とあるオープンカフェで足を休めていた静夏は座っていてなお目立っており、しかも筋肉を拝みに訪れた人々に囲まれていたのだ。筋肉信仰恐るべしである。

 待たせすぎたかと慌てたが、話を聞くと待っている間に旅の必需品や食材を調達し、団長に宿へ持ち帰ってもらったりと色々所用をこなしていたため、そこまで待った気はしないのだという。


「それにしてもふたりとも……随分と疲弊しているようだが」

「いやぁ、話せば長くなるんだけど」


 伊織はヨルシャミを見つけたところから契約の遂行、モデルをしていた時間、報酬を選んでいたことなどを静夏に報告した。

 静夏は納得したように頷く。

「それは神経をすり減らしただろう。しかし良いものを手に入れられたようでよかった」

 団長、と静夏はにこにこ顔の団長を振り返って言う。

「礼の品、しかと受け取った。皆にも改めてありがとうと伝えてほしい」

「いえいえ、こちらこそ! 職人が聞いたら喜びます」

 お眼鏡にかなう物が見つかってよかった。そう言って団長は笑みを深める。


 伊織も人助けをして礼を貰うことに抵抗感を感じていたが、こんな笑顔を各所で見ることができるのなら時にはお礼を受けるのも大事なのかもしれない。

 カザトユアの人々に感謝しながら、伊織は紙袋に収められた服とウエストバッグを緩く抱いた。



 今一度カザトユア周辺を見て回り、他に魔物や魔獣がいないことを確認してから宿に戻る。

 どうやらウィスプはウィスプウィザードが力を増強するために取り込んだらしく、周囲には一匹も見当たらなかった。意図せず一網打尽にできたわけだ。

 今日はこのまま宿にもう一泊し、翌朝カザトユアを発つことになった。

 そこで各々ベッドに座ったところで静夏が「話がある」と切り出す。


「……伊織たちを待つ間にあの無人の村についても聞き込みを行なったんだ」

「! 何かわかったのか?」

「うむ、あの村はどうやら五年ほど前に何者かに襲撃を受けたらしい」


 伊織は無数の足跡を思い出す。やはり人間の仕業だったのだろうか。

 静夏は「その襲撃で村人すべてが連れ去られてしまったという」と続けた。

「連れ去られた? 村っていっても結構な人数だろ……?」

「団長も人攫いにしては老若男女無差別すぎたと言っていた。しかし現に一夜の間に村人は姿を消し、それ以来不吉なものを感じてカザトユアの人々もあそこには近寄らなくなったとのことだ」

 それでも知り合いや親戚が村に居た者は自力で探すため旅に出た。しかしまだ誰一人として連れ帰ることは叶っていない。

 もちろんこの国では警察の役割りも持っているらしい騎士団にも調査を依頼したが、犯人の特定までは至らず今はもう諦められ放置されているようだ。


「ただ一人、その襲撃の目撃者がいた」

「目撃者……!?」

「その日、行商のため村を目指していた商人がいたんだ。しかし途中で怪我をし、村に着くのが大幅に遅れてしまった。暗い道をどうにか進み、丘の上から村を見下ろせる位置まで来たところ……村に何かよくわからない集団が突入するのが見えたという」


 曰く、商人は恐ろしさに身を震わせながら木陰に隠れていたらしい。

 村が野盗に襲われることはよくある。商人も最初はそれだと思い、なんて大規模な野盗集団だと恐怖を感じた。しかしそれに勝る違和感に気がついたという。

「その集団の一部は馬に乗っていた。しかしその馬がおかしい。風に乗って聞こえてくる悲鳴や怒号に紛れて奇妙な音も耳に届く。夢でも見ているような気分になりながら騒動が収まるまでじっと隠れていたそうだ」

「おかしな馬というのは何なのだ。魔獣の一種か?」


 身を乗り出したヨルシャミに静夏は首を横に振る。

 そしてゆっくりと告げた。


「恐ろしく速く動き、恐ろしく高く跳ぶ鉄の馬だそうだ。その間一度もいななかず、尾すら動かさず、しかし移動するたび聞き慣れない音がする。デュラハン系の魔物の可能性もあるが――これは機械ではないか、と私は思う」

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