第6話 村の祭りに見送られ
薪拾いから戻った静夏は伊織の予想通りリータの願いを聞き入れた。
更にはまだ伊織の力の詳細がわかっていないことが気がかりな様子だったが、伊織本人も希望したことによりこの依頼を以て旅の始まりとすることになった。
村から出るのは初めてだが、気合いを入れなくては、と伊織は拳に力を込める。
それにより急遽ベタ村総出での旅立ちを祝う祭りが開かれた。
収穫した果実や作物を惜しげもなく使い、もちろん肉も大盤振る舞い。野外に設置されたテーブルには大皿いっぱいの料理が所狭しと並んでいる。
「どこ行っても美味そうな匂いがしてるって凄いシチュエーションだなぁ……」
「伊織も好きなものを選んでくるといい」
バイキング形式のため各々好きなものを好きなだけ手に取ることができるのだ。伊織は少し浮ついた気分になりながらテーブルを見て回っていると、木陰でホットミルクを飲んでいるリータの姿が目に入った。
浮かない顔に見える。
いつ里に下りてくるかわからない魔獣のことを考えると気が気でないのかもしれない。
「あの、リータ……さん?」
「あっ、どうも。イオリさんでしたよね」
ぺこりと頭を下げるとリータは小さく笑みを浮かべた。
「その……僕が言うのはおかしいかもしれないけど、すぐ駆けつけられなくてすみません」
「いえ! 村の聖女を見送る祭りです、行わない方がおかしいですから!」
「そういうものなんです?」
「そうですよ、私の里でももし族長が何らかの使命のため長期離れることになったら祭りを行います。そうでないと里の者も区切りをつけられず安心できませんから」
伊織にはピンとこないが、見送りの祭りというものはこの世界ではポピュラーであり日常に溶け込んだものであるらしい。
罪悪感は和らいだものの、どうにもリータよりそわそわとしてしまって仕方ない。
それに気がついたリータが自分の顔に触れる。
「もしかして浮かない顔になってました? 心配かけてすみません……」
「ううん、だって故郷の危機を知ってて楽しむのって難し――」
「ち、違うんです」
リータは長い耳をぱたぱたと揺らし、とても悩んだ末にようやく口にした。
「……た……ちゃって……」
「え?」
「た、食べ過ぎちゃって! こ、このミルクも締めというか! 最後に胃を労わっとこうと思ったというか! そういうやつでして!」
ホットミルクの表面を小刻みに揺らしながらリータは真っ赤になった。
「ううううちの里って基本的に野菜とか中心の食卓なんですよ! だからお肉って珍しくて……しかも美味しくて……なんですかあの美味しいやつ! 部位とかよくわからないですけど夢中になって食べっ……ああもう余計なことを!」
「お、落ち着いて落ち着いて」
伊織はほっとして笑いながらリータを宥める。
そして「あっ」と両手を叩いた。
「その肉の場所まで案内してくれませんか、僕も気になるんで」
「えっ」
「あと消化を助ける香草スープがあっちにあったんで後で取りに行きましょう」
伊織に馬鹿にするような気配も、揶揄するような気配もない。
リータは目をぱちくりさせてから安堵の笑みを浮かべた。
「ええ、ぜひ!」
***
有志による踊りや劇も披露され、前世で体験した文化祭よりも派手で豪華。そんな祭りだった。
大いに腹を満たし楽しんだ後、伊織と静夏は翌日に備えてベッドに潜り込む。
「伊織、夢のことはベルから聞いた。私もその賢者……超賢者? なる者に覚えはないが、旅先で何か情報を得たら伝えよう」
「ありがとう、母さん」
これだけ誰も知らないとなると実際に本人に会って訊ねる機会のほうが先に訪れそうである。
もしかするとまた夢の中で会うかもしれない。条件は厳しいようだが一夜限りのこととは言っていなかったのだから。
「おやすみ、伊織」
「うん、おやすみ」
しかし――やはり、その夜は夢を見なかった。
どうやら『リカオリ山』も実在するらしく、リータたちフォレストエルフの住む森からそう遠くない場所にあるという。
一週間――残り6日だが里に向かってからでも遅くはない。
荷物を纏め、手厚い見送りを受けて伊織、静夏、リータの三人は村を後にした。
初めて見る村の外は平地に近く、ベタ村は山と森に近い位置にあったとわかった。この周辺は気候も暖かく、一年を通して山の恵みを受けやすいからだそうだ。
所々に木々がある以外は草原が続く景色になり、こういう見晴らしの良い土地は村や街の間を行き来する人しかいないんだなと伊織は物珍しそうに視線を巡らせる。
「魔獣が現れたら迎え撃つか、向こうが諦めるまで逃げるしかなくなってしまうからな」
「なるほど……じゃあ野営する場合は……」
「危険故、事前にわかっているなら護衛を雇うのが普通だ」
聞けばリータも村へ行くまで護衛を雇っていたらしい。
「護衛を雇ったことで資金が尽きて徒歩になっちゃいましたけどね」
「……? ってことは徒歩以外にも移動手段が?」
「ああ、もうしばらくすればベタ村にほど近い中規模の街が見えてくる。そこで馬車を出してもらう」
静夏の指さす先を見てみるも、まだ肉眼では何も見えない。
馬車、と暗い顔をしたのはリータだ。
「あれお尻が痛くなるんですよね……」
「に、荷物の柔らかいものだけ集めてクッションにする?」
「イオリさんは馬車をナメてます! その程度じゃお尻は守れませんよ……!」
必死になるリータの様子に伊織はごくりと喉を鳴らした。もしかして馬車よりジェットコースターのほうがマシだったと思えるような状況に陥ったりするのだろうか。
そんなやり取りに静夏が快活な声で笑った。
「私がふたりを担いで走れれば良かったんだがな」
「! 噂によればマッシヴ様は馬より早く走ると……」
「ああ、だが加減して走らねば風圧で呼吸ができなくなってしまう。しかし力を100%出すことはできても加減することはまだ途上でな、それが長時間ともなると今は難しいんだ」
母さんにも筋肉に関してまだ扱いきれていない部分があったのか、と伊織は意外に思いつつも納得した。静夏もまだ発展途上なのだ。
自分も成長に向けて第一歩を踏み出したばかり。静夏もまだその道の途中だということが何だか心強い。
「私も……魔法弓術を使いこなせていたら護衛もいらなかったんですが……」
「魔法弓術?」
「はい。人によって魔法を弓矢に纏わせる方法と、魔法で弓矢そのものを作り出す方法があるんですが、私は後者を使っていて……でも一撃必殺ほどの威力はないので、一人で移動するのは危険だったんです」
こんな地形では隠れて攻撃することも高所からイニシアチブを取ることもできない。
そのため低・中火力の遠距離攻撃手が単独で移動するには向いていないのだという。
この世界は不思議な力が当たり前のように存在しているが、皆それを初めから使いこなしているわけではないのだ。伊織はそれを肌で感じた。
静夏は優しげな笑みを浮かべる。
「なに、ふたりともまだ若い。これから焦らずゆっくりと長所を伸ばしていけばいい」
「母さんも若いよ!?」
「マッシヴ様もお若いですからね!?」
綺麗に重なったふたりの声。
何度か目を瞬かせた後、静夏は嬉しそうに頬を染めた。
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