はるを待つひと ⑤

「来年の春は、3人で見られるかな」

「朧月夜?」


 昔、付き合っていた頃は、『春になったら一緒に見よう』と約束をしていたのに、その約束は二度とも果たされる事はなかった。

 今年の春にメグミと再会して、やっと二人で一緒に朧月を見る事ができた。

 ハヤテはその喜びを胸に焼き付け、これから先の人生は、何があってもメグミを離さないと深く心に誓った。


「離れてた時は、毎年一人で見てメグミの事考えてたけど……今年はメグミと一緒に見られて幸せだって、心の底から思った」


 メグミはハヤテの手を握って、重ねた手をお腹にそっと添えた。


「きっと来年は、もっと幸せだね」

「来年も、その先も、ずっとな」




 1週間後。

 スタジオに集まった『ALISON』のメンバーは、ハヤテの作ってきた新曲に聴き入っていた。

 優しく包み込むようなメロディーは、心の中を温かくした。


「いい曲だな。なんかすっげぇ感動した」

「その一言でトモのボキャブラリーの少なさが窺えるな……」

「率直な感想だろ」


 リュウとトモが小突き合いを始める横で、タクミはどこか幸せそうなハヤテの様子を窺った。


「ハヤテ、いつもに増して幸せそうだね」

「ああ……うん。じつはうちも、来年の春に子どもが生まれるんだ」

「えっ?!そうなのか!!おめでとう!!」

「良かったな、ハヤテ!!」


 みんなに祝福されて、ハヤテは嬉しそうに笑って頭を下げた。


「ありがとう。これからが大変だけどな」

「これからつわりが始まるだろ。妊娠中にしても出産にしても、奥さんのしんどさはオレたち男にはわからない事だからさ、これでもかってくらい大事にしてやって。わからない事があったら、なんでも聞いてくれよ」


 妊娠中のレナを献身的に支え、先日父親になったばかりのユウの言葉を力強く思いながら、ハヤテがうなずく。


「うん、頼りにしてる。ユウは奥さんの妊娠中から今に至るまで、ホントによくやってるもんな」

「いいなー……。オレもマサキの生まれるとことか、赤ちゃんの時とか見たかった」

「次の子の時に頑張れよ」


 ユウに肩を叩かれて、トモは宙を仰ぎ見た。


「次の子……かぁ……」

「でも奥さんは仕事もしてるし、マサキも多感なお歳頃だもんな。次の子となると、すぐには難しいか?まずは結婚してからだよな」


 ユウの言葉に、トモは少し照れくさそうに笑う。


「じつは……来年の春に結婚する事になった」

「えっ、マジか!!良かったじゃん!!」

「うん。マサキの中学進学に合わせてな。彼女の仕事の方も、年度が変わる頃なら切りが良くて都合がいいし」

「そっか、小学校の先生なんだよな」

「春になったら、やっと一緒に暮らせるよ」


 嬉しそうなトモの顔を、リュウは穏やかに笑って見ていた。


(良かった……。トモとアユミ、やっと一緒になれんだな……)


 そう言えばトモと話してから、アユミの事を考えて胸を痛める事はなくなった。

 トモがアユミへの想いを断ち切ってくれたおかげなのか、それともハルのおかげなのか。

 どちらにしても、今、リュウの心はとても穏やかである事には違いない。


「リュウは……来年の春はまだ結婚できないな。少なくともハルが高校卒業するまでは無理なんだろ?」


 トモの問い掛けに、リュウはハルとお揃いの指輪を見つめて穏やかに笑った。


「オレは気長に待つさ」


 ずっと黙ってみんなの話を聞いていたタクミが、ハヤテの方を見て手を挙げた。


「オレ、その曲の歌詞、書いてもいい?」

「ああ、うん。何か降りてきた?」

「ものすごく書きたくなった」

「じゃあ、任せるよ」



 自宅に戻ったユウは、いつものようにレナにキスをして、レナの手からユヅルを抱き上げた。


「ユヅル、いい子にしてた?」

「うん。たくさんミルク飲んで、よく寝てたよ」

「レナも少しは休めた?」

「一緒にお昼寝した」

「それなら良かった。レナはまだ体休めとかないといけない時期なんだからさ。リサさんは仕事忙しいから無理だけど、しばらくおふくろのとこで世話になっても良かったのに……」

「でも……ユウ、ユヅルと一緒にいたいでしょ?」

「それはそうなんだけどな」

「それに私も、ユウといたいもん」

「オレもレナと一緒がいい」


 ユウは片手にユヅルを抱き、もう片方の手でレナを抱き寄せてキスをした。


「さぁ、かわいい奥さんのために、栄養たっぷりの美味しい晩飯を作ろうかな。レナはユヅルと一緒に休んでな」


 レナの手にユヅルを抱かせ、ユウはキッチンに向かう。

 レナはユヅルを抱いたままその後ろをついていき、ユウの隣に立った。


「ん?どうした?」

「ありがと。ユウ、大好き」

「ん、オレもレナが好き」


 ユウが少し身を屈めると、レナがユウの両頬にキスをして、それからユウが、レナの唇にキスをする。


「ふふ……幸せ。ユウと結婚して良かった」

「オレもレナと一緒になれて幸せ」

「ユヅルもいるもんね」


 ユウはいつでも、甘くて優しい。

 病気になって精神的につらかった時も、『どんなレナも愛してる』と言って支えてくれた。

 妊娠してつわりに苦しんでいた時も、子どもみたいなわがままを、優しく笑って受け止めてくれた。

 切迫早産で入院した時には、毎日のように病院に来て、時間が許す限りそばにいてくれた。

 誰よりも優しく温かく包んでくれるユウを、世界一の素敵な旦那様だとレナは思う。


(これからは、ユヅルの最高のパパになるんだろうな……)








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