はるを待つひと ③
その夜。
トモは初めてのデートの時のようにドキドキしながら、アユミの作ったオムライスとサラダを食べた。
久しぶりに二人で囲む夕食は言葉少なくて、どこかぎこちない。
トモは何か話題はないかと考える。
(あっ、そうだ……)
「この間、うちのバンドのユウに子どもが生まれたんだ」
トモがそう言うと、アユミは少しホッとしたように顔を上げた。
「そうなんだ。男の子?女の子?」
「男の子。名前、ユヅルって言うんだって。ユウがギタリストだからかな」
「カッコいいね」
「奥さんが産気づいた時、うちのバンドは地方のライブイベントに行ってて……ユウが戻るまで、ハルが奥さんについてたって」
アユミが返事をしてくれる事にホッとしてどんどん話しているうちに、その話題にハルが出てくる事に気付いてから、トモは内心しまったと思った。
トモは、無意識のうちにリュウに関係のある話題をできるだけ避けていたのだと、いまさらながら気付く。
「ハル?」
「あ……えっと、リュウの姪っ子のハル」
「ああ……ハルちゃんね。昔、お店に行った時に何度か会ったなぁ……。ちょっとおませで、すごくかわいかった。あの時はまだ2歳だって言ってたけど、大きくなったでしょう?」
「うん。今、15歳で高1だって」
トモは何気ないふうを装って返事をしたけれど、心臓がやけに大きな音をたて、妙な汗が背中ににじむ。
「ハルちゃん、宮原くんの事が大好きだったよね。結婚しようって毎日言ってたんでしょ?」
「うん。ああ……そうだ。ハルの長年の夢、何年後かには叶うよ」
「え?」
「リュウ、ハルが大人になったら嫁にもらうってさ」
トモは、アユミがどんな反応をするのか、少し不安になりながらそう言った。
「でも叔父と姪だと結婚できないでしょ?」
「ハルの母親のルリカさんが、リュウたちの母親のサツキさんの前の旦那の連れ子だから、リュウとは血の繋がらない姉弟なんだって。だからリュウは、ハルと結婚できるらしいよ」
「そう……宮原くん、ハルちゃんと……」
トモはスプーンを運ぶ手を止めて、アユミの様子を窺った。
「……複雑?」
「え?」
「リュウが結婚するの」
思いきって尋ねると、アユミはトモの不安をよそに、なんともなさそうな顔をして穏やかに笑いながら、首を横に振った。
「そんな事ないよ。二人で幸せになって欲しいなって思ってる」
リュウはアユミの中ではもう完全に過去の人なのだろうか。
思ったよりもずっとあっさりしているなとトモは思う。
「アユちゃんは……オレと幸せになろう?もちろんマサキも一緒に」
「うん、もちろん」
笑ってうなずくアユミに、トモは心底ホッとした。
「オレ、早く一緒に暮らしたい」
「私もマサキもそう思ってるよ」
トモは、ずっとハッキリとは口に出せなかった言葉を、この際だから今言おうと覚悟を決めた。
「マサキにも聞かないとって思ってたんだけど……アユちゃん……オレと……結婚してくれる……?」
トモの突然のプロポーズに少し驚いたのか、アユミは無言のまま、スプーンを持つ手元をじっと見つめている。
何も言わないアユミに不安になったトモは、慌てて言葉を並べる。
「もちろん今すぐにとは言わないよ。年度が変わる頃なら、マサキが中学に上がるのに合わせてとか……アユちゃんの仕事の都合も大丈夫かなって、ずっと思ってた」
「うん……でも私一人の事じゃないし、急には決められないから……少し、考えさせて」
「……わかった」
それから入浴を済ませた二人は、アユミのベッドで一緒に横になった。
二人きりになるのをあんなに喜んでいたはずなのに、プロポーズの返事を保留にされてから、トモは少し落ち込んでいた。
(マサキももう大きいし、アユちゃんには仕事もあるし……。いろんな環境が変わる事を考えたら、アユちゃんにとっては、結婚なんていまさら……って感じなのかな……)
一緒に横になっても上の空で黙り込んだままのトモの手を、アユミはそっと握る。
「トモくん……」
「ん……何?」
「さっきの話だけどね……今すぐこの場で決める事はできないけど……トモくんと一緒になりたいって言う気持ちは私にもあるから、そんなにがっかりしないで」
アユミのその一言で、トモの沈んでいた気分は一気に浮上した。
もう会えないと思っていた最愛の人と奇跡的に再会して、また一緒にいられるようになったのだから、焦らず事を進めようとトモは思う。
「うん、そっか……。アユちゃん……」
トモはアユミの手を握り返して、もう片方の手でアユミを抱き寄せた。
「好きだよ。オレはあの頃も今も、どうしようもないくらい……アユちゃんが好きだ」
「私も好き……。あの頃も今も、切なくて胸が苦しくなるくらい、他の誰よりも……トモくんが好き」
アユミのその言葉は、たった一夜のアユミとリュウの過ちを忘れられず、ずっとくすぶり続けていたトモの気持ちを解放してくれた。
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