来るべき時が来た! ⑧

 数日後。

『ALISON』のメンバーがスタジオでライブ向けのアレンジをした曲を練習していると、そこに珍しくプロデューサーのヒロが訪れた。

 ヒロはブースの防音窓ガラス越しにメンバーの顔を眺め、ニヤリと笑いながら顎をさする。


(おうおう……揃いも揃って幸せそうな顔しやがって……)


 新婚のハヤテと子供が生まれたばかりのユウはともかく、いつもはどこか冷めた遠い目をしていたトモとリュウまで、優しく穏やかな顔をしている。

 くせ者のタクミは相変わらずではあるが、それでもどこか幸せそうだ。


(なんだなんだ?安住の地でも見つけたか?)



 その曲が終わった時、ヒロは分厚いドアを開けてスタジオに顔を出した。


「よぅ、いい調子だな」

「あっ、ヒロさん……お疲れ様です」


 みんなはヒロに頭を下げながら、何か特別な用でもあっただろうかと考える。


「ユウ、生まれたんだってな。レナも子供も元気か?」

「ハイ、おかげさまで」


 ユウはにこやかに頭を下げた。


「初孫の顔、見てぇな。レナと子供のツーショット、送れよ」

「レナもですか?」

「いいじゃねぇか。レナは俺にとって娘同然だからな。かわいい娘の元気な顔も見てぇんだよ」

「はぁ……。わかりました」


 ユウはポケットからスマホを出し、レナとユヅルのツーショット写真を何枚か選んでヒロのスマホに送信した。


「おっ……いい男だな。名前は?」

「結ぶに弦でユヅルです」

「なるほどな。ギタリストの息子らしくていい名前じゃん。大人になったらユウのライバルになったりしてな」


 ヒロは楽しそうに笑って、スマホをポケットにしまった。


「あのー、おじいちゃん」


 タクミが笑って手を挙げた。


「なんだ、タクミ。おじいちゃんはやめろ」

「ヒロさんの初孫、ユウんちのユヅルじゃないんですけど」

「はぁ?なんでだよ。ハヤテはまだ新婚で子供はいねぇだろ?一体誰の子だよ」


 トモはまだヒロに報告していなかった事を思い出し、おそるおそる手を挙げた。


「すんません、オレです……」


 思わぬトモの自主申告に、ヒロは驚いて目を丸くしている。


「は……?なんでトモに子供がいんだよ」

「昔、ロンドンに行く前に付き合ってた子が、オレと別れた後にオレに黙って一人で子供産んでました……。この間それがわかって……子供の学校の事とか、タイミングを見て彼女と一緒になるつもりです……」


 トモのまさかの子持ち発言に、ヒロは思わず大声をあげた。


「はあぁっ?!子供の学校の事とかって……オマエの子供、一体いくつだ?!」

「……12歳で、6年生です」

「でけぇな、オイ!!オマエ、いきなり思春期の子供の父親になんてなれんのかよ?」

「あ、その辺は大丈夫ですのでご心配なく」

「大丈夫なのかよ……」


 珍しく激しく動揺しているヒロを見て、タクミは楽しそうに笑いをかみ殺している。


「まさか……」


 ヒロはまだ動揺のおさまりきらない様子で、チラリとリュウを見た。


「リュウ……オマエもか?」

「ハイ?!なんでオレなんすか?!」

「オマエがいやに穏やかな顔してるからだよ!すっかりトゲがなくなって丸くなってんじゃねぇか!!オマエも子供がいんのか?!」


 突然子持ち疑惑をかけられたリュウは、目一杯驚いた顔をした。


「えぇっ?!ヒロさん、それは言いがかりってやつでしょう!」


 ヒロの暴走にリュウが困った顔をしていると、タクミはまた楽しそうに笑った。


「ヒロさん、リュウは違いますよ。とっても若くてかわいい婚約者ができたんだよねー、リュウ?」

「タクミ……余計な事言うな……」


 あっけらかんとハルの存在をヒロにバラされ、リュウは右手で顔を覆ってため息をついた。


「リュウに婚約者?そりゃめでてぇじゃん。いつ結婚すんだよ。年内か?年明けか?」

「えーっと……それはちょっと無理です……」

「なんでだよ。結婚すんだろ?早くしちまえばいいじゃねぇか」

「いや……それはその……そうしたいのはヤマヤマなんですけど……」


 歯切れの悪いリュウに代わって、タクミが答える。


「まだ高1で15歳だから、せめて彼女が高校卒業するまでは無理なんだよね?」

「はぁっ?!オマエら一体どうなってんだよ!!」

「ヒロさん、落ち着いてください。それに、オレとハヤテは関係ないと思いますよ……?」

「タクミ……オマエってやつは……!!」

「オレ、絶対タクミは敵にまわさない……!!」

「タクミ……この上なく楽しそうだな……」


 思わぬところでとばっちりを食らったユウは、今まで見た事もないほどうろたえるヒロをなんとかなだめようとした。

 タクミの奔放さに、リュウは呆れ、トモは身震いした。

 ハヤテだけはなんとか冷静さを保とうとしているが、子供のように無邪気に笑う悪魔のようなタクミに、メンバーたちは皆、恐れおののいている。


「だってさぁ。大事な人ができた事は、親父にはちゃんと知らせとかないと。幸せな報告なんだからいいでしょう」

「他人事だと思いやがって……」


 自分の事は何も言わないのに、嬉しそうに笑っているタクミに、ヒロは怪訝な顔をした。


「タクミ、オマエも結婚でもすんのか?」

「しませんよ。相手もいないのに」

「しねぇのかよ!!じゃあなんでそんなに幸せそうな顔してんだ?」

「オレねぇ、オレ以外の誰かを本気で好きな女の子しか好きになれないから、自分を好きな子とは付き合えないの。好きな子が幸せなら、オレも幸せなんですよ」


 タクミらしいと言うか、理解不可能と言うか、とにかく底知れぬ謎を秘めたタクミに、みんなはやれやれとため息をついた。


「やっぱくせ者だな、タクミは。オマエら、タクミにカミさん狙われねぇように気を付けろよ」


 よほど驚き疲れたのか、ヒロも盛大にため息をついた。


「まぁいいや。トモ、リュウ、そのうち未来のカミさん、オレにも紹介しろよ。トモは子供もな」



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