来るべき時が来た! ②

 病院に着いて内診を受けると、レナが思っていた通り陣痛が始まっているので、これからお産になると山田先生が言った。

 分娩前の処置を終えたレナは、案内された病室のベッドに横になり、お腹にモニター機器のパッドをつけられた。

 ハルはどうしていいのかわからずオロオロしている。

 レナは、マユの出産に居合わせた時の事を思い出して微笑んだ。


(マユもあの時、こんな感じだったんだな)


「ハルちゃん、落ち着いて。とりあえず座ろうか」


 ハルはレナに言われた通り、ベッドのそばにあった椅子に腰掛けた。


「ごめんね、まさか本当にユウがいない時に陣痛が来るなんて……」

「いえ、ちょっと驚いたけど……レナさんが一人の時じゃなくて良かったです。ハルにできる事があったら、なんでも言って下さい!」

「ありがとう、心強いな。じゃあ……ユウにメール送りたいから、スマホ取ってくれる?」


 ハルはバッグのポケットから取り出したスマホをレナに手渡した。


【ライブが終わったらここに電話して】


 レナは短い文章と病院の電話番号を打つと、スマホをハルに手渡した。


「病院の中からはメール送信できないんだ。ハルちゃん、悪いけど廊下の突き当たりのドアからベランダに出て、メール送ってくれる?」


 ハルはレナからスマホを受け取り、病室を出てベランダに向かった。

 ベランダに出て一人になると、急に不安が込み上げる。


(どうしよう……ハルじゃなんにもできない……!どうしよう、とーちゃん……!!)


 ハルはレナのスマホからメールを送った後、リュウにメールを送った。


【どうしよう。

 レナさんの陣痛が始まった。

 ハル、どうしていいかわからない。

 どうしよう、怖いよ、とーちゃん】


 ハルは泣きたくなるのを堪えて、レナの病室に戻った。

 レナの様子はまだ落ち着いてはいるが、陣痛の間隔は確実に短くなっている。


「ユウ、出産に立ち会うって言ってたから、なんとか間に合えばいいんだけど……」


 レナは時折襲ってくる痛みを堪えながら、ハルに笑って見せた。


「レナさん頑張って。ハルがついてるから!」


 ハルに手を握られ、レナは笑ってうなずいた。



 それから1時間ほど経った頃。

 ライブを終えてステージを下りた『ALISON』は、ホテルに戻って帰り支度をしていた。

 着替えを済ませたユウは、スマホに新着メールが届いている事に気付き、メール受信画面を開いた。


(レナからだ……。どうしたんだろう?)


 レナからの短いメールを確認しようとしたユウに、リュウが叫ぶ。


「ユウ!!片桐さん、陣痛始まったって!!」

「えっ?!じゃあこの番号は病院か!!」

「とりあえず電話しろ!」


 ユウが急いで電話をすると、スタッフがレナの病室に電話を取り次いでくれた。


『レナ、大丈夫か?!』


 慌てて大声をあげるユウに、レナが笑う。


「ユウ……お疲れ様。まだそんなに陣痛強くないから、もう少し時間が掛かると思う。ユウが間に合えばいいんだけど……」

『今そばにいるのは、ハルちゃんだけ?』

「うん。あ、直子さんに連絡まだしてない」

『オレから連絡しとく。とにかく急いで戻るから!!それまでなんとか頑張れ!』

「うん、わかった」


 ユウがレナと話していると、リュウがユウの肩を叩いた。


「ユウ、そこにハルいるだろ?代わってくれるか」

「わかった。レナ、リュウがハルちゃんに代わってくれって」


 ユウはリュウに、レナはハルに電話を代わる。


『とーちゃん!!どうしよう!!』


 不安そうなハルに、リュウは話し掛ける。


「ハル、落ち着いてよく聞け。片桐さん、まだ普通に話せてるんだな?」

『うん……』

「それならもうしばらく時間掛かるはずだ。もし片桐さんが陣痛の痛みでつらそうになってきたら腰さすってやれ。もっと陣痛が強くなったら、腰の下の辺りを強めに押してやるんだ。そうすると少しはラクになる」

『うん、わかった』

「あとな、ハルが慌てても仕方ねぇから。落ち着いて声掛けてやれ。陣痛ってな、波があるんだよ。痛みが来てつらそうな時は、鼻から大きく息を吸って口から長く吐くように言え」

『うん』

「姉貴もハルをそうやって産んだし、ハルもいつかきっと経験する事だ。しっかり片桐さん支えてやれ。わかったな?」

『わかった、頑張る……』

「じゃあな、ハル。ユウに代わるから」


 そう言ってリュウは、ユウにスマホを差し出した。


『ごめん、ハルちゃん。できるだけ急いで戻るから。レナを頼むな』

「わかりました!」

『じゃあ……レナに代わってくれるかな』


 レナは陣痛の痛みに耐えながら、ハルが差し出した受話器を耳にあてた。


『レナ、こんな時についててやれなくてごめんな』

「大丈夫……ハルちゃんもいるし……。気を付けて帰って来てね」

『わかった。じゃあ……切るよ』


 電話を切った後、スタッフに事情を説明して、大急ぎで出発する事になった。


「間に合うといいんだけどな……」


 移動車の中で心配そうにしているユウの肩を叩いてリュウが言う。


「大丈夫だろ。長い場合は丸1日とか、それ以上掛かる人もいる」

「そうなのか?!」

「まだ普通に話せてるって言うしな。昼過ぎから陣痛始まってんなら、普通に行くと生まれんのはきっと早くても夜か、おそらく夜中だな」


 ユウは、当たり前のように話すリュウを不思議に思った。


「さっきも思ったんだけど……リュウ、詳しすぎるな……」

「言ったろ?オレは姉貴の妊娠出産に散々付き合わされてんだよ。ハルが生まれる時、どんだけ姉貴の腰をさすらされたか……。16時間だぞ?腕がもげるかと思った」

「そんなに……?!」

「おまけに姉貴は元ヤンだからな。陣痛が進むと痛みでイライラして、オレに激しく当たり散らすんだよ。ハルが生まれる前にオレが殺されるかと思った」

「マジか……!!」


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