来るべき時が来た! ③

 ルリカの出産の時を思い出してゲンナリしていたリュウが、ふと遠い目をして、穏やかに笑った。


「そういや……ハルが生まれた時、生まれたてのハルだっこしたな……。あったかくて柔らかくてさ、壊れちまうんじゃないかと思うくらい小さかった。親父がいない分、オレが守ってやろうと思った……。そん時まだ18だったのに、親父の気分だったわ」

「そっか。リュウはハルちゃんが生まれる前から、ずっとそばにいたんだな」


 ユウにそう言われて、リュウは苦笑いした。


「娘同然だと思ってたはずなのに、おかしいよな。なんでこんな事になってんだ?」

「いいじゃん。これからもリュウが守ってやるんだろ?」

「まぁ……ハルが大人になっても気が変わらなきゃの話だけどな。ハルはまだ若いし、ハルが大人になる頃にはオレはオッサンだしな……。ハルの気がいつ変わってもおかしくねぇ」


 少し寂しそうに話すリュウに、ユウは笑い掛ける。


「そんな事ないよ。ハルちゃんは、これからもずっとリュウの事好きだと思うよ」

「どうだかなぁ……。歳も離れてるし、元々オレはハルの叔父さんだし、本来は一緒にはなれない関係だからな。ホントはオレみたいなヤンキー上がりじゃなくて、もっとまともなヤツと一緒になるべきなんだ。オレはハルが幸せになれんなら、それでいいや。相手がオレでなくても……ハルが幸せなら、それでいい」


 自分の幸せを見つけたと言っていたはずなのに、ハルが幸せになれるなら相手は自分じゃなくてもいいと言うリュウは、ユウの目にはどこか気弱に見えた。


「バカだなぁ……。そんな事言って、ハルちゃんがいなくなるとひとりで泣くくせに」

「泣かねぇっつーの。もしホントにそんな日が来たら、笑って送り出してやるよ」

「顔で笑って心で泣くんだな」

「だから……オレは泣かねぇっつーの」


 リュウの複雑な心中を察して、ユウはリュウの肩をポンポンと叩いた。


「二人で幸せになれるといいな」



 それから数時間。

 外が暗くなってきた頃、レナの陣痛が強くなり始めた。


「レナさん、大丈夫?」

「うん……まだ大丈夫……」


 陣痛の痛みを堪えるレナの腰をさすりながら、ハルは壁に掛けられた時計を見上げた。


(まだ大丈夫って……。時間も経ってるし、さっきより随分つらそうなのに……)


 レナの陣痛の波が引いたのを見計らって、ハルは飲み物を買いに行く事にした。


「レナさん、喉渇いたでしょ?販売機で飲み物買って来ますね」

「うん……。あっ……!!」


 突然、レナが驚いたように声を上げた。


「え?」


 何事かとハルが振り返ると、レナは呆然としている。


「破水、したかも……」

「え?破水?!」


 ハルはなんの事かわからずオロオロしている。

 陣痛の痛みを逃すラクな姿勢を取るために、ベッドの真ん中辺りにぺたりとうずくまるように座っていたレナは、破水した事に動揺して身動きが取れず、枕元のナースコールに手が届かない。


「ごめん、ハルちゃん。ナースコール押してくれるかな」

「ナースコール?これ押せばいいのね?」


 ハルがナースコールを押すと、すぐに助産師が駆け付けた。


「片桐さん、どうしました?」

「破水、したみたいです……」


 レナが答えると、助産師がベッドの上に敷かれた防水シートが濡れている事に気付いた。


「あら、ホントね。じゃあ、まずは着替えましょう。ゆっくりでいいから、慌てないでね」


 それからレナは、分娩着や産褥用の下着などを新しい物に取り替え、濡れたシーツを外してもらってベッドにうずくまった。


「破水したから……これから陣痛が進んで、思ってたよりかなり早く生まれると思う」

「えぇっ?!」


 予想外の出来事にハルはうろたえた。


「ユウ、間に合わないかも……」


 先程より強い痛みがやって来て、レナはシーツをギュッと握りしめた。


(痛い……!!ユウ、早く来て……!!)


 ハルをこれ以上怖がらせないようにと、レナは必死で声を我慢して痛みに耐える。

 するとハルが、右手でレナの腰の下の方を強く押しながら、左手で腰をさすった。


「レナさん、大人だって痛い時は痛いって言っていいの。無理して我慢しないで。ハルがいるから」

「ありがと……。そうしてもらうと、少しラクになるみたい……」


 ハルに励まされながら、レナはだんだん強く、間隔が短くなっていく陣痛に耐えた。

 助産師がやって来て内診をするが、子宮口がなかなか全開にはならず、痛みは強いのにまだ産む事ができない。


「もう少しよ。頑張って!」


 助産師はそう言うけれど、こんなにつらそうなのにまだ頑張らなければいけないのかと、ハルはいたたまれない思いでレナの腰をさすり続けた。


「レナさん、もう少しだって」

「うん……。頑張るよ……」


 あまりの痛みに、レナの目に涙がにじむ。


(痛い……!痛いよ……ユウ……!!)


 レナが心の中でユウの名前を叫んだ時。

 病室のドアが勢いよく開いて、ユウが飛び込んできた。


「レナ!!」

「ユウ……!!良かった……間に合って……」


 レナがユウに向かって手を伸ばしたと同時に、ハルはホッとして、ペタリと床に座り込んだ。


「ごめんな、こんな大変な時についててやれなくて……。大丈夫か?痛む?」

「うん……痛い……。すごく、痛い……」


 ユウの手を握りしめ、レナは必死で痛みに耐える。


(あ……レナさん、初めて痛いって言った……)


 ユウの顔を見て、レナがやっと安心できたのだと、ハルは笑みを浮かべた。

 ほどなくして助産師がやって来て再び内診をした。


「片桐さん、そろそろ分娩室に行きましょう。もう一息よ。頑張りましょうね」







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