大人になりたい ⑩

「ハルはこれがいいの。あと何年かは離ればなれだし……一緒にいられない時もハルの事忘れないように、とーちゃんにもお揃いの指輪つけてて欲しい」


 真剣な顔をしてそう言うハルに、リュウは苦笑いを浮かべる。

 その横顔は、ユウとレナにはとても嬉しそうに見えた。


(バーカ、忘れねぇっつーの……。それはオレが思ってた事だろ……)


「それにしても……もっとよく選ばなくていいのか?」


 リュウがそう言うと、店員は隣のショーケースを手で示して、ハルに微笑みかけた。


「ペアリングでしたら、あちらにお若い方に人気のデザインの物もございますよ。ご覧になりますか?」

「ハイ!!」


 嬉しそうにショーケースを覗き込むハルを見ながら、リュウはまた、やれやれと言いたげな様子で苦笑いをした。


「ハルちゃんはホントにリュウが好きなんだなぁ……。リュウがハルちゃんの事かわいくて仕方ないって気持ち、わかるわぁ」


 ユウに図星をさされ、リュウはバツの悪そうな顔をしてそっぽを向いた。


「なんだよ、ユウ……。オレがいつそんな事言ったんだ……。恥ずかしい事ばっか言うな」

「ホント素直じゃないな、リュウは。せめてハルちゃんにだけは、もう少し素直に気持ち伝えたら?」

「……努力はする……」



 ジュエリーショップを出た後、4人はユウの車で百貨店に足を運んだ。

 ユウが昨日、リュウに『もうひとつ付き合ってくれるか?』と頼まれた場所だ。

 リュウはハルを連れて屋上へ向かった。

 いつもは賑わっている場所なのに、今日は人の姿が見当たらない。


「わぁ……!すごく綺麗だね!!」


 宵闇が迫る屋上で、目の前に広がる夕景に、ハルは目を輝かせた。

 柵に手を掛け、目の前に広がる景色に夢中になっているハルの隣で、リュウは穏やかに微笑んだ。


「ハル、これからな、もっとすげぇぞ」

「これからもっと?」

「花火だよ。今日、ホントは花火大会、行きたかったんだろ?」


『一緒に花火を見に行きたい』とリュウには言わなかったのに、本当は行きたいと思っていた事を言い当てられて、ハルはバツが悪そうに視線を泳がせた。


「あ……うん……。タクミさんはとーちゃんと行っておいでって言ってくれたけど、ハルは人混みが苦手だし、まぁいっかーって……」

「嘘つけ。オマエいつから人混み苦手になったんだよ。オレに気ぃ遣ってんだろ?」

「だって……。ハルといたら、ジロジロ見られるでしょ……?」


 リュウは、うつむくハルを後ろからそっと抱きしめた。


「バカ……。オレの事ばっか気にして、我慢してんじゃねぇよ」


 夏の夜風がハルの頬を撫で、リュウの前髪を揺らした。


「タクミが教えてくれた場所ほど近くへは行けねぇけどな、ここから見えるんだ。みんな近くまで見に行くから、今日は人もあまりいないし……ここなら一緒にゆっくり見られるだろ」


 その時、花火が打ち上げられ、夜空を彩った。

 いくつもの明るい光が、宵闇の中のハルの顔を照らす。

 ハルは夏の夜空を彩る花火に目を輝かせた。


「わぁ……キレイ……」

「……ハルもな」


 リュウはハルを背中から抱きしめながら、花火に照らされたハルの頬にキスをした。



 その頃、ユウとレナは、屋上の下の階にある展望スペースのベンチに腰掛け、手を握り合ってガラス越しに花火を眺めていた。


「キレイだね……」

「レナと花火見に来るの、初めてだな」

「うん。こんな穴場があるんだね」

「リュウがさ……ハルちゃんを花火大会に連れてってやりたくて調べたらしい。ハルちゃん、タクミから花火大会の事聞いたはずなのに、リュウに気を遣って、行きたいって言わなかったんだって」

「ハルちゃん、いい子だね。好きな人のために気を遣えるなんて、全然子供っぽくなんかないのに……」

「あれくらいの年頃は大人に憧れるんじゃないか?ハルちゃんはリュウと歳が離れてるの気にしてるから尚更かもな。でもリュウは、そういうハルちゃんがかわいくて仕方ないんだ」

「ハルちゃんがね、私の事、お姉さんみたいだって言ってくれたの。なんかもうかわいくて……。ハルちゃんと話してたら、女の子も欲しくなっちゃった」

「気が早いんだな。でも、オレも欲しい」


 ユウが笑うと、レナもにっこり笑った。


「今日、よく歩いたから疲れただろ?」

「うん。でも安産になるように、たくさん歩きなさいって先生に言われてるから」

「そっか……。出産まで、ホントにもう少しだな」

「もうすぐこの子に会えるんだね」


 ユウはレナのお腹に触れて、今ここにいる我が子を抱く日を想像した。


「オレ、大人になってからレナと付き合えて良かった気がする」

「どうして?」

「若い時は自分の気持ちばっかで、レナの気持ちとか考える余裕なかったから。あの頃レナと付き合えてても、そのままずっと一緒にいられたかなって」

「私もユウと幼なじみで一緒にいた頃は、大人になるのが怖かったし……大人になった自分の姿なんて想像できなかったもんね。いろいろあったけど、なるようになってるのかもね」

「それが今では結婚して子供ができて、レナと子供と一緒にいる未来を想像してるんだもんな。オレたちも少しは大人になったって事かなぁ……」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る