それぞれの幸せ ⑦

 ユウの作った夕飯は、妊婦のレナのために薄味でも飽きが来ないように、出汁や酢などを上手に使って、素材の味をしっかりと味わえるような、体に優しい料理ばかりだった。


「美味しい!!ユウ、いつの間にこんな料理覚えたの?」

「レナがおふくろからもらった、妊婦向けの料理本に載ってたのをアレンジしてみた」


 事も無げにそう言ったユウの言葉に、レナは驚いて目を丸くした。


「すごいね、ユウ……。私なんか、本に載ってる通りしか作らなかったのに……。私よりユウの方がずっと料理上手だね……」

「レナは真面目だからな。オレは逆に、書いてある通りの分量をきっちり量って作るのができない。ざっくり目分量で大雑把なんだ」


 ユウは笑いながら、レナの取り皿に根菜のサラダを取り分けた。


「男女の特性の違い……?性格の問題……?もしかして私とユウ、正反対……?」

「レナは理系、オレは文系」

「あれ……?でも高校の時、私たち同じ理系クラスだったよね?」


 学生時代を思い出して首をかしげるレナに、ユウは少し照れくさそうに笑った。


「あれは……レナと一緒のクラスになりたかったから理系を選んだんだよ。その分、密かに必死で勉強してた。レナはいつも成績トップだし……レナに負けたくなかったから」

「そうだったの?知らなかった……」


 高校を卒業してから13年も経って初めて知る事実に、レナは驚いている。


「まぁ……今はどう頑張ってもレナには敵わないんだけどな」

「何が?」

「オレはずっと、レナのかわいさにやられっぱなしだ。それに、オレがどんなに頑張っても絶対できない事を、レナは頑張ってくれるんだもんな」

「なんの事?」

「オレとレナの子供を産めるのは、レナだけだから」

「そうだ。赤ちゃんの名前、結局まだ決まってなかったね」

「そうだったな。食事済んだらさ、一緒に決めようか」

「うん」


 食事が済むと、ユウは二人分のお茶を淹れてテーブルの上に置き、レナの入院中の荷物の中から、マタニティー雑誌の付録の名付け本を取り出した。

 二人でソファーに並んで座り、名付け本のページをめくる。

 ユウは気になる漢字の載っているページを広げてレナの顔を見た。


「男の子かな?」

「この間の健診では、男の子じゃないかって」

「だったら……オレ、使いたい字があるんだ」


 ユウがペンを手に取り、メモ用紙にその文字を書いた。


「なんで?」

「オレがギタリストだから」

「なるほど……。じゃあ、この文字を上にくっつけて……」

「なんで?」

「ユウがギタリストになってなかったら、私たちまた会えてなかったかも知れないでしょ?それから、ユウも私もみんなと会えなかった。だから、ギターが私たちをたくさんの人と繋いでくれたのかなって」

「なるほどなぁ……。いいな、この名前。響きも優しいし。この子がまた、たくさんの人との縁を繋げてくれるといいな」

「これにする?」

「そうしようか」


 ユウとレナは、微笑みながらもうすぐ生まれてくる二人の子供に想いを巡らせた。

 人を思いやれる優しい子になって欲しい。

 自分のやりたい事、一生懸命になれる事を見つけて欲しい。

 そして何よりもまず、元気に生まれてきて欲しい。

 ユウは、生まれて間もない頃に実の親に置き去りにされて、結婚する事や子供を持つ事に不安を感じていた自分が、レナと結婚して我が子に会える日を心待ちにしていると言う事を不思議に思った。

 不思議ではあるが、子供の頃からずっと好きだったレナがそばにいて、新しい家族の誕生を待つ事は、間違いなく幸せだ。


(子供が生まれたら、もっと幸せだって思うのかな……)


 子供が生まれたら、レナと二人で初めての育児に戸惑ったり迷ったり、試行錯誤しながら右往左往するのだろう。

 レナとの二人きりの生活ももちろん幸せだが、二人で子供を大切に育てて行く暮らしは、きっと何事にも替えがたい貴重な時間に違いない。

 目一杯の愛情を心置きなく注げるように、子供が生まれてくるまでの残りわずかなレナとの二人きりの時間を、これまで以上に大切にしようとユウは思った。



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