隠していた本心 ⑧
「大きくなったら変わるもんだと思ってたんだけどな……。今日、こっちに戻る前にな……オレと会えないと寂しいって言うから、だったら早く彼氏作れって言ったんだよ」
「そんな事言ったのか?」
「まぁ…─いつもの事だと思ってさ。でもな……ハル、急に泣きだして……キス、された……」
「えっ、マジか?!」
「ああ……。『リュウトのバカ!!』だってさ……。いつもはそんな呼び方しねぇのに……」
リュウはタバコに口をつけて、吐き出した煙を目で追った。
「オレは……ハルの事、まだまだガキだと思ってたし……好きだのなんだの言っても、本気でそう思ってるわけじゃねぇだろって……。それに、いくら血が繋がってないとは言え、身内には違いねぇだろ?」
「まぁ……そうだよな」
「オレはさ……ハルには幸せになって欲しいんだよ。オレみたいなつまんねぇ男じゃなくてさ……真面目で優しくて、ちゃんとハルだけを想って大事にしてくれる男とな……」
リュウの言葉を聞きながら、ユウは以前レナに言われた言葉を思い出していた。
「それはさ、リュウの思うハルちゃんの幸せだろ?」
「え?」
「オレも前にな……レナに言われたんだ。人の幸せを勝手に決めたらダメだって。ハルちゃんにはハルちゃんの思う幸せがあるんだよ」
「そっか……」
リュウから聞いたハルの話は、レナに片想いをしていた自分の若い頃を思い出させて、ユウは小さくため息をついた。
「リュウトのバカって泣いてキスした時のハルちゃんの気持ち……オレはわかるよ」
「わかんのか?」
リュウは意外そうに尋ねた。
「いつまでも子供の『姪っ子のハル』としてじゃなくて……リュウを好きな今の自分を、ちゃんと見て欲しかったんだと思う」
「なんでそう思う?」
「オレも同じような事があったから。オレとレナは物心つく前からの幼なじみで、誕生日も一緒で……双子みたいに、いつも何するのも一緒でさ。レナの事が好きだって気付いた後も、フラれて一緒にいられなくなるのが怖くて、好きだってずっと言えなかった」
「ユウにもそんな時があったんだな」
「うん。でもさ……高3のとき、クラスの女子がレナにオレへのラブレター預けて、それをレナがオレに渡しに来た。こんなに好きなのになんでだって腹が立ってな……。好きだって言えなかったくせに、もう全部壊してやれって思って……力ずくで自分のものにしようとしてさ。レナを押し倒して無理やりキスしたけど……泣いて拒まれて、それが悔しくて、またひどい事言って……」
「そんなに好きだったのに、なんで片桐さんを忘れてロンドンに行こうと思ったんだ?」
「オレがレナを守るんだって思ってたのに、レナを傷付けてさ……。レナが望むならもういいやって、ラブレターの子と付き合ったりさ、それ以外の子とも誘われたら誰彼構わずやって……。でもレナをあきらめるつもりがどんどん苦しくなって……耐えきれなくなって、逃げたんだ」
「そうか……」
「あんまり近過ぎるとさ、それまでの関係を変えようとするのには、勇気がいるんだよ」
リュウはユウの話を聞きながら、ぼんやりとハルの涙を思い出していた。
ハルの気持ちに気付いていても、その気持ちに応える事はできないからと気付かないふりをして、わざと冷たい言葉を投げ掛けた。
ハルの事を『まだまだガキだな』と思いながらも、いつまでも小さかった頃のハルではない事も、ハルが恋をしてもおかしくない年頃である事もわかっている。
「リュウの気持ちもわかるけどさ。身内なら尚更、この先まだまだ長いじゃん?ハルちゃんもまだ高1だし……今すぐ答出そうと思わずに、リュウ自身もゆっくり向き合えばいいとオレは思うよ」
「そうか……。とりあえず……しばらくはそっとしといた方がいいのかな……。まさかハルが、ホントにあんな事するとは思ってなくてさ……。どうしていいのかわからねぇんだよ」
ユウはいつもとは違うリュウの弱りきった顔を見て、リュウがどれほどハルを大切にしてきたかがわかるような気がした。
(リュウ……ハルちゃんの事がかわいくてしょうがないんだな……)
「年頃の女の子は難しいな。オレも娘ができたら、心配でしょうがないんだろうなぁ」
「オレは年頃の娘に、パパと結婚するって言われてるのと同じようなもんだ。複雑だぞ?」
「モテる男はつらいなぁ、リュウ。いろいろ悩みは尽きないな」
ユウは笑いながら、リュウのグラスにビールを注いだ。
グラスの中で弾けるビールの泡を眺めながら、リュウは少し遠い目をした。
「オレの幸せは……どこにあるんだろうな……」
「ゆっくり探せよ。きっと見つかるから」
ユウとリュウは笑って軽くグラスを合わせ、ビールを飲み干した。
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