隠していた本心 ②

「リュウがロンドンに行ってすぐかな。一度アユに会って食事したんだよね。そしたら、体調崩しちゃったから休学してるって。一人暮らしやめて、お母さんと一緒に暮らす事にしたんだって言ってさ。その後すぐ引っ越したらしいんだけど……」

「へぇ……」

「一昨年の梅雨時だったな……。モールでアユとばったり会ってね。あの後2年くらいして、復学するために今度はお母さんと一緒にこっちに戻ってきてたんだって。なんとか教員免許取って、大学卒業して、今は小学校の先生やってるって言ってたんだけどさ」

「そっか……。頑張って夢叶えたんだな」


 小学校の先生になるのが夢だと言っていた、あの頃の彼女を思い出して、リュウが嬉しそうに微笑んだ時。


「その時、アユ、男の子連れてた」


 ユキの一言に、やっぱり彼女はもう、誰かと結婚して幸せになっているんだなと、リュウは少し切ない気持ちで小さくため息をついた。


「そっか……。30も過ぎりゃ、結婚して子供がいても当たり前だな……」


 リュウの呟きに、ユキは眉を寄せた。


「その時その子、10歳だって言ってたよ」

「え?」

「32の時に10歳って事は、22になってすぐ産んだ子でしょ?体調崩してって言ってたの……どう考えてもあれ、妊娠だったんじゃないかなって」

「えぇーっと……」


(ちょっと待てよ……。オレ、あの時……いや、もしかして……)


 リュウは、まさかそんなはずはないと思いながらも、自分の子なのだろうかとか、もしかしてトモの子かも知れないなどと、まとまらない考えをぐるぐる巡らせる。

 リュウは遠い記憶を手繰り寄せ、トモと彼女が別れ、自分が彼女に失恋した時期を思い出す。


(オレがロンドンに行ったのが10月半ばで……アイツが店に来て、彼氏と別れたって言ったのが……いつだ?夏の終わり?)


 子供って妊娠がわかってからどれくらいで生まれるんだっけとか、もし自分の子ならどうすればいいんだろうとリュウが思っていると、ユキが真剣な面持ちで口を開いた。


「その子……中学時代のトモに激似だった」


(やっぱそっちかー!!)


 リュウは頭を抱えて、複雑な気持ちで目を閉じた。


「ちょっと待てよ。ユキ、それって……」


 アキラが混乱した頭をなんとか整理しようと、詳しい説明をユキに求めた。


「私もハッキリとは聞いてないよ。ただ、ホントに似てたってだけ」


(あー……こりゃ確定だな……)




 随分夜も更けた頃、リュウがアキラとユキと別れて実家に帰り、庭の離れにある自分の部屋に入ると、姪の波琉がものすごい勢いでリュウに飛び付いた。


「おかえりーっ!やっと帰ってきた!!」

「いってぇな、オマエは……」


 ハルは嬉しそうに、しっかりとリュウの体に抱きついている。


「もう!遅いよ、とーちゃん!!」

「待っててくれなんて言ってねぇだろ?」


 ハルは抱きついたままで、リュウの顔を見上げた。


「ひど……!ずっと待ってたのに……。かわいいハルにただいまのちゅーは?」

「だから、するわけねぇだろ!!」


(あーもう……。しかしコイツ、ガキの頃から全然ブレねぇな……)


 ハルは小さい頃からリュウの事を、リュウの本名・琉斗リュウトの〈ト〉だけを取って、『とーちゃん』と呼んでいる。

 とにかくリュウの事が大好きで、『ハルが大人になったら絶対結婚しようね!!』と、いつも言っていた。

 高校1年生になった今も、その愛は変わらないらしい。


「もう遅いだろ。ガキは早く寝ろ」

「ガキじゃないもん!!ハル、今年の冬で16になるんだよ!!とーちゃんと結婚だってできるんだから!!」


(また始まった……)


 リュウと姉のルリカは血が繋がっていないので、その娘のハルとは結婚できるらしい。

 大きくなったら、18も歳の離れた叔父の事など見向きもしなくなるのだろうと、リュウは思っていた。


(かわいい嫁って……だんだん冗談じゃ済まなくなってきた……)


 リュウにとってハルはかわいい姪ではあるが、どう考えても嫁と言うより娘のようだ。


「とーちゃん、一緒に寝よ」

「はぁ?バカか、オマエは……。早く自分の部屋に戻って寝ろ」

「バカじゃないもん!!」

「あーもう……わかったから……。また明日遊んでやるから、今日はとにかくもう、自分の部屋で寝ろ」

「ホントに?絶対だよ!!おやすみ!」


 リュウは適当にハルをあしらい、部屋から追い出した。


(はぁ……余計に疲れた……)


 部屋着に着替えてタバコに火をつけ、リュウはさっきユキが言っていた事を考える。


(ユキの言ってた事がホントだとすると、おそらくその子はトモの子だよな……)


 時期的にも、トモに激似だと言う事も考慮すると、どう考えてもそれしか有り得ない。

 だけど彼女は、その事実をトモにもリュウにも知らせなかった。

 おそらく、妊娠がわかった時に、トモとリュウのどちらの子かわからなかったからそうしたのだろう。


(実際に会って確かめるとか、できねぇかな……?でも……向こうは今更って思うのかも……)


 突然降って湧いたような衝撃的な話に、リュウはまとまらない思考を巡らせる。

 今すぐトモに知らせるべきなのか、きちんと事実を知った上でそうするべきなのか。


(トモは……なんて言うんだろう……)





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