60歳からパチスロ専業を目指した男の話
カレイ
第1話 川野藤吉
コロナウイルスの自粛期間中、某所で営業を続けるパチンコ店があった。
自粛期間中にも関わらず、客は長蛇の列。普段、閑古鳥が鳴くような店でさえ、客足は途絶えない。
市が協力要請に応じない店舗を「公表」という形で、「要請」「指示」に踏み切ったが、
皮肉にもそれが宣伝効果となり、さらなく集客効果をもたらした。
県外から訪れる客も珍しくない。
川野藤吉(かわのとうきち)は御年61歳だ。
1年前に中小企業を退職し、現在は現役を退いている。
彼もまた緊急事態宣言が発令される中、県外より営業中の某パチンコ店へ足を運んだ者の一人だ。
彼らの言い分
「パチンコ無かったら退屈で死んじゃうよ。」
「10万円の給付金もらえる前に、どの台がいいかチェックしておきたい。」
「生活の軸がパチスロなんで仕方ない。」
「パチンコ屋は排気ダクトでかいやろ?換気されとるから大丈夫や。」
藤吉は叱責する妻を振り切り、他県へ車を走らせていた。
呆れる妻の表情に少しの罪悪感を感じたのか、妻の助言を聞き入れ、途中のコンビニでマスクを購入をした。
これからいくらでも散財する可能性があるにも関わらず、マスクの値段がひどく高いものに思えた。
「今日は、ひとまずジャグラーじゃな。そこでちょろっと出して、凱旋じゃ。」
藤吉の地域では全面的にパチンコ店が休業。
彼は退職後、毎日のようにパチンコ店へ通い詰めていたが、ここ1週間ひまを持て余していた。
自粛期間中に新しく何かを始めようという意思は全くなく、考えることはいつもパチスロのこと。
不憫に思った息子が、パチスロ動画の見方を教えた。
だが、これが良くなかった。
この1週間という期間の中で、スマートフォンの操作をある程度把握し、
開業中のパチンコ店情報を検索できるレベルまで到達したのである。
藤吉は他県、営業中のパチンコ店を発見し、奮い立った。
「ばあさん、明日ちょっくら出かけてくるぞ!」
藤吉は負けた。
給付金の半分は、パチンコ店へと消えた。
現在の時刻22時。
閉店間際に中景品1枚を交換し、手元に残った残金は1200円。
「飯でも食うさな…。」
交換所から現金を渡す、おばさんの手に捨てセリフ。
しかし時刻は22時。
田舎の選択肢は狭い。
24時間営業のチェーン店くらいしか開いていない。
牛丼チェーンのカウンター。
手はコインで真っ黒。
おしぼりは出てこない。
真っ黒な手で、割り箸をわり、牛丼並盛を頬張った。
帰宅したのは日付が変わった深夜0時。
妻は先に床へ入っていたが、来客の様子があった。
テーブルには飲みかけの茶が2つとパンフレット。
「神仏統一教会」
新興宗教の勧誘だろう。
藤吉の妻は、息子が家を出てからは、どんな客でも招き入れる癖が出ていた。
寂しさは加齢と共に増していく。
藤吉がパチンコに依存していると同様、妻は人に依存しがちなのかもしれない。
藤吉は気にも留めず、自室の布団で眠りについた。
妻もまた、自室で眠りについてる。
枕元に「神仏統一教会」のパンフレットを置きながら。
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