02◆勇者集結b
「日輪。君がここに来たということは、日神を倒したのだな?」
そう話かけてきたのは、水仙のさらに右隣、部屋の一番奥の席に陣取った女性だった。
アッシュグレイの髪を短くし、重苦しい軍服に身を包んだ彼女こそが金乃国の戦車乗り
男に比べると小柄な身体付きをしているが、両腕の肘から先が極端に太く、そこには鋼でできた無骨な義手がはめられている。
年は三十代半ばのハズだが、その姿はとても若々しい。火音よりも上で水仙をのぞけば最年長だろう。
水仙と同様に、四神と呼ばれる大陸最強を噂されるひとりでもある。
同じ四神でも、兄貴こそが最強であると信じている俺だが、こうして本人たちを前にすると、その判断が本当に正しいのか自信が薄らいでくる。
「もちろんです、日輪くんが日神くんを倒したところを、この月兎子がちゃんと見ましたから」
隣に立つ月兎子が俺がこの場に立つ資格を証言してくれる。
すると、ふたたび火音が茶々を入れる。
「へー、それはちょっと信じられねーな。
噂だけとはいえ、日神ってのはあの火狼の爺と同格なんだろ。死地に行きたくないからって、わざと負けて代理をだしたんじゃねーか?」
彼女は、火乃国の王にして最年長の四神である火狼の名を引き合いにだす。
そこには先ほどの仕掛けを見抜けなかった俺への侮りが含まれていた。
「あら、あなたはこの作戦の中心国の王を信用できないの?」
火音の侮辱に、月兎子が人が変わったような冷淡な口調で尋ねる。
「だいたい、それは火乃国の王が一番に疑われてることではなくて?」
「おい、月兎子」
俺はもうひとつの顔を現しかけた彼女を抑える。
普段は幼い子のように陽気な月兎子だが、スイッチが切れると性格が激変するのだ。
その性格はあまり社交的とは言えず、交流の場で出しては後々の関係に問題が生じる恐れがある。
だが、口にこそ出してはいないが、彼女の指摘は誰もが考えていることだろう。
知略に富んだ火乃国の王――火狼は体力の衰えを理由に今回の戦いには参加していない。
人類の存亡を賭けた戦いなのだから、彼こそ出てくるべき人物である。
「ははっ、ちがいねー。疑って悪かったな」
緊張した空気を火音が豪快に笑い飛ばす。
「でもよ、それならあたしがそいつを倒せば四神入りできるってことか?」
その口調は冗談じみていたが、俺を見る瞳は獲物を狙う肉食獣のものだ。
「兄貴を倒し、俺が勇者の称号を得たのはまぎれもない事実だ。四神についてはノータッチだけどな。
それで俺の実力に不安があるってんなら、今度は本気で試してもらってかまわないぜ」
口では言うが、自らの必勝を信じているわけでもない。
ここに集まった連中は、各国から人類未来を託された相手だ。誰も生半可な戦士ではないだろう。
それでも俺はこの場に立つ資格を兄貴に返すつもりはない。
俺と火音の視線が正面からぶつかり、再び空気がピリピリとした緊張を孕む。
べつに火音とて、俺にイヤガラセをしたいわけではないだろう。
ただ、作戦の成功に必要な実力を備えているか確認したいだけなのだ。
ならば、実力を示すのが一番早い。
そう考えた俺の行く手を遮るよう立つと、月兎子が一歩前へでた。
「あなたにこそ、勇者と名乗るだけの資質はあるのかしら」
「おい、月兎子やめろ」
前に出た月兎子を止めるが、彼女はすでに狙いを定めた鷹のように火音を見据えている。
「へー、言うじゃないかい。試してみるかい。
数多の戦場で生き抜いてきた戦士としての自信だろう。
火音は月兎子の冷え切った視線に怯むことなく応じる。
「それじゃ、今回だけ特別よ」
宣言とともに月兎子が歩み出す。
その動きは滑らかだが、決して早くはない。
火音は月兎子を見据えたままその場で動かない。
どちらも、武器には手をかけず、相手の出方を待つようにし、距離だけが縮んでゆく。
火音の腕の間合いに入る直前、月兎子がその動きを早めた。
空を飛ぶ燕の如き速度で急接近する。
それに合わせ火音は軽く、そして素早く拳を放った。
火音としては、牽制のつもりだったろう一撃。
それは月兎子の顔面、中央を貫いた。
しかし、それで顔色を変えたのは火音のほうであった。
彼女の腕は月兎子の顔にめり込んだだけでなく、その後頭部まで突き抜けたのだから。
それだけではない、月兎子はそのまま何事もなかったかのように、火音の身体をそのまますり抜けた。
「!?」
奇術を眼前で仕掛けられた火音には、何が起こったか理解でなかったろう。
その顔には動揺の色がみえる。
火音が自分の背後に敵が回り込んだという事態に気づくよりも先に、月兎子がその細い腕をのばし、背の高い火音の首筋へとあてた。
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