01◆至高の剣士d
「勝った。本当に勝ったんだ」
半壊した闘技場に倒れた兄貴を見下ろし、俺は喜びに震える。
「おいおい、勝ったほうが信じられないという顔だな」
兄貴は苦笑し、マントの内から
その表情に暗いところはなく、素直に俺の成長を喜んでくれるものだった。
「勝つ気だったけど、本当に勝てるって自分でも信じ切れてなかった」
兄貴のことを研究しまくり、王としての石橋を渡る性格を利用して罠にはめたのだ。
そこまでして、ようやく辛勝。
手の内がバレた以上、もう一度同じ手で勝つことはできないだろう。
だが、そんなことはどうでもいい。
どうせ兄貴と
「おまえはもっと自分を信じろ。一対一の戦いの場に置いて、相手の性質を見極める眼力と対処能力はズバ抜けて高い。正面から戦い破れるものなどそうはいないだろう」
「さすがに言い過ぎだろ」
「
「いや、自信はついたさ。でも、今回はいろいろと助けられたからな」
「運にも助けられたな。あのまま刀がなくなるまで俺が凌いでたらどうしたつもりだ? 両手で息継ぎもできないような攻撃では、おまえのほうが体力的にも限界は近かったハズだ」
「体力は気合いでなんとかする。それに破片が飛んだのは偶然じゃない。それが九九本目に出たのは偶然だけどな」
「なに?」
そこは兄貴にも予想外だったらしい。
「本来、硬軟二種の金属を合わせて作った刀は、曲がることはあっても折れることはない。だが、兄貴の破剣牙はそんな性質を無視して刀を破壊する」
刀の二重構造は、切れ味の為の薄さと耐久力の為の厚さという、矛盾した要求を解消するためのものだ。
「なるほど、おまえは抜刀術の慣性が乗った破片が、みな俺の方へ飛んでくるところまで策に織り込んでいたわけか。太刀筋を六方向に分けたのも、顔を狙うのを隠すためか」
「ああ」
兄貴の慧眼に敬服しながらも同意する。
「なるほど、改めて上手い策だったと言わざるをえんな。
それでそのマントの内側に何本の脇差しを用意したのだ? 脇差しとはいえ、だいぶ金がかかったろう」
「ああ、実は三万本だ」
「……は?」
俺の答えに兄貴の顔が崩れた。
こんなマヌケ面の兄貴は初めてみた。
「いまなんと言った?」
「だから三万本だよ」
いまだ動揺から持ち直さない兄貴に繰り返し伝える。
「馬鹿な、どうやってそんな数の刀を集めたんだ。
三万と言ったら、いまうちで集められる兵数とかわらんじゃないか」
「だから、その全員に頼んで貸してもらった」
最初から折れる予定だったから返せる宛てはなかったんだが、理由を話したらみな快く貸してくれたのだ。
「まったくうちの兵どもは馬鹿ばかりか。支給された武器を又貸しするとはなにごとだ」
兵たちが軍規に違反したことが不満だったのか、自分ではなく弟の俺を応援したのが不満だったのかわからないが、兄貴は憮然とした表情をする。
「あたりまえだろう。だって俺と兄貴の戦いは、この国の行く末を決めるもんだ。俺の頼みに誰も迷ったりなんかしなかったよ」
本来、いくらなんでも三万なんて馬鹿げた数の刀は必要なかった。
それでも俺は、三万本すべての脇差しをみなから借り受けた。
いみじくもそれは戦いの最中、兄貴が指摘した『重さ』というやつを補うためだ。
次の戦いのために集められた三万人の兵。
彼らには希望を繋ぐための期待が集まっている。
その彼らから武器を譲り受けるということは、全ての民の希望を背負ったも同然。
そう、この戦いはただの腕比べなんかじゃない。
日乃国の、いや全人類の未来を左右するものなのだ。
「…………」
俺の真剣な眼差しに、ようやく兄貴は完全に折れてくれる。
「わかった、おまえの実力を認めよう。日輪、おまえを日乃国の勇者として任命する」
「慎んでお受けします」
俺は王の指名に膝をついて応じる。
「しかし、こんな馬鹿が我が国の勇者になるとはな。果たして他国の連中は納得してくれるだろうか」
「その馬鹿の罠にひっかかって負けたクセによく言うよ」
「なんだと?」
兄貴は怒った顔をするが、すぐにまた力を抜く。
「だがまぁ、これで肩の荷がひとつ降りたわけだ。
前線での戦いはおまえに任せて、俺は全体の指揮に専念することにしよう」
兄貴は堅苦しい鎧をガチャガチャならしながらも、腕と肩を伸ばした。
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