木に行った本
買ったばかりの読みたかった本が、なんと木に行ってしまったのだ。
どうにもならない現実に、僕はため息ばかりついていた。夏休みの午後。
まだ表紙すらまともに見ていない本だったし、なんならタイトルもうろ覚えだ。
『あ け すま』みたいなタイトルだったと思う。
非常に勿体ない。まだ読んでないのに。金だけ払って、僕の本は木に行ってしまった。
「君たちは知らないだろうが。象は死期が近づくと、群れから離れて一頭別の場所に行く。それが象の墓場だという事だ」
塾の先生がそんな話を授業の合間にはさむ。
もしかすると僕の買った本も、自分の死期を感じて本の墓場に行ったのかもしれない。それが木なのは、本が木からできてるからだ。本は生まれ故郷に帰るものだと思う。
と頭の中で空想をねじくりまわしてみた。
とにかく、あのタイトルも著者名もよくわからない本は、僕の本棚から抜け出して、林や森のずっとずっと遠くの木の頂に行ってしまったのだろう。
ならば探すのみだ。
ぼくは帽子をかぶり、近場の林に出向いてみた。僕でも登れそうな木の幹にしがみつき枝に足をかける。そのまま体重を片足にかけ、開いた方の足で別の木の枝に月踏まずをかけた。何度か繰り返して木のてっぺんを見ると。
「あった」
あのタイトルも分からない謎のそれでいて僕だけの本が木の先に半分ほど埋まっていて木に変化しようとしていた。急いで手を伸ばしてみたら時すでに遅し、本は木と同化してしまった。
「遅かったか」
ほんの数秒の差で、本は木に吸収されてしまった。あとに残るのは若々しい新芽を含んだ木の先端だけである。
こうして僕の本は木に行ってしまった。これからは買ったらすぐ読まねばなるまい。
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