若い者には負けてしまうな年だから

楽人べりー

第1話 電車予報士のおじさん

 僕らは授業で働くおじさんの仕事ぶりを見に行くという事になった。小学生の自己判断で働いているおじさんを選ぶという無茶きわまりない企画だったが、なぜかそれがまかり通っていた。


「面白そうな職業についてる大人知ってる?」

「うちただの介護士だぜ」

 増田がつまらなそうに口を半開きにして声を送り出す。やる気のなさが暖かい空気を震わせる。


「うちも飲食チェーン店で非正規だし」

 那紗がうつむき加減で恥ずかしそうに声を上げ、羞恥心が強いのかセリフをすぐにひっこめた。いい方向にかき回されそうな状況はもとの淀んだ空間に戻った。


「あの、親せきに、変な、おじさんがいます」

 クラスでいちばん目立たないサエキ優馬が小さな声を緊張でさらに小さくして語る。


「あ、変人自慢の大会じゃねえぞ」

 増田が急に声を荒げたのでサエキは巣穴を見失った小動物のようにビクついた。


「いいから続けて」

 あわてて僕が助け舟を出す。何か面白そうなにおいを感じたからだ。僕の好奇心の導火線が煙を上げ始めた。


「電車予報士、を仕事に、してるそうです」

 小さな声が僕の後押しを受けて少し勇気をもらった。でもその淡い期待はさえぎられた。


「へん。ただの頭のおかしい無職じゃないのか」

 増田はサエキを睨みつける。そのまなじりに気おされたのかサエキは小さい体をますますちぢこませていた。


「無職では、ないです」


 僕は増田を説き伏せて、サエキの親せきのおじさんに会うことにした。担任の許可をもらい。見学日に駅に集合することにした。


「嘘だったらただじゃおかないからな」

 いきりたつ増田を説き伏せるのは大変だった。サエキが逃げ出してしまわないか心配だった。むくれた顔で帰って行った増田は、当日むくれたままの顔でやってきた。

増田、サエキ、那紗と僕で4人だ。そのままおじさんが働いている駅へと向かう。


 オタクと呼ばれる人たちみたいなコミカルでどことなくださいファッションに身を包んだおじさんがいた。なぜかエンゼルの翼のついた野球帽をかぶっていた。おじさんは僕らを見ても表情を変えず、しかめっつらをしたままで砂地にさした棒切れのようにつったっていた。僕がおはようございます。とあいさつをすると、ウムと会釈したまま表情一つ変えずに同じ姿勢をつづけていた。ときおりあごに手をやりそり残した髭を愛おしそうになぜている。


「変な奴」

 増田が大声で叫んだが。おじさんは聞こえないのか時刻表を見ていた。聞こえないふりに見えたが、本当に聞こえてないようにも思えた。


 急におじさんはホームに耳を当ててねそべった。僕らはびっくりしたが、サエキだけは落ち着てい見ていた。やがておじさんは、9時17分22秒に電車が来るといった。時刻表と同じ時刻だった。電車が来て乗客みな吸い込まれていった。おじさんはまた無表情のまま突っ立っている。


「あの、どうやって食べているんですか」

「お金は振り込んでくる」

「時刻表通りじゃねえか」

 増田が怒っておじさんに怒鳴りかかった。二人で必死に増田を抑えて足を踏ん張った。ホームの上の小石が靴のゴムの隙間に食い込んだ。


「このインチキオヤジ」

 増田がまた怒鳴った。おじさんは無表情のまま増田を見ていたが、やがて高らかに笑いだすと増田の頭を軽く叩いた。


 サエキのおじさんが有名なパフォーマーだと知ったのは高校時代になってからだ。


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