8 イリアス転移編
◇◇
カザフスタンかモスクワ南辺りだろうか。
カスピ海の北側付近。
一人の男? 女? 漆黒の黒い髪。
肩口まである髪を風に揺らせながら立っている人物がいた。
目線をやや下に向け、下に横たわっている人を見ている。
イリアス。 古龍クイーンバハムートを頂点に
龍族は国を持たない。
個体数が極端に少なく、それぞれの存在それ自体が国ということもできるかもしれない。
クイーンバハムートもそうだが、イリアスも職種というものは存在しない。
特殊な個体はそれ自体が職種ということもできるだろう。
イリアスはドラグーンと呼ばれていた。
人の職種でもドラグーン、竜騎士や竜騎兵などという職種は存在するが、全く別物だ。
真なるドラグーン。
クイーンバハムートを守護し、気高き高潔な存在。 それがイリアスだった。
イリアスが片膝をつき、横たわっている人物を見つめる。
・・死にかけだな。
そして、その人間の状態を確認していた。
もはや、手の施しようがない。
目を潰され、舌も切り取られているようだ。
右腕は切断されている。
左腕は曲がるはずのない方向に曲がっていた。
ひどいことをする。
イリアスはそう思うだけだ。
!!
横たわっている人物がわずかに動いたようだ。
「グッ・・」
イリアスの頭に直接響く
この男か・・死ぬ間際に何だ?
イリアスは横たわっている男をみた。
左腕をプルプルと振るわせている。
ん? 何か持っているが・・。
イリアスがそう思い、その男を見る。
『・・こ、これを・・・』
イリアスに念思を送っているようだ。
イリアスはそっと手を伸ばし、その男の手から黒い塊を受け取った。
魔石? 魔核?
魔核か!
だが、この魔核・・イリアスがそう思うと、男は蒸発した。
この黒い魔核。
この男の命の結晶だ。
この私に何を望んだのだ。
イリアスはその魔核から、その男の記憶を読み取り追体験をする。
・・・
・・・・・
男は、アニム王国の住人だったようだ。
家族で幸せそうな笑顔が
この星に転移し、どこかの街にいたようだが追い出される形で出たようだ。
イリアスはその場で目を閉じ、男の記憶を確認していた。
家族とともにこの辺りまで来たのか。
・・・なるほど、野盗に襲われたわけか。
・・・・
吐き気がする。
イリアスが見た映像は、男の奥さんと子供が、男の目の前で虐殺されるシーンだ。
男は右腕を切り落とされ、左腕は動かないようにされる。
脚も動けないようにされたようだ。
目の前で、自分の奥さんが犯されていた。
子どもは両足を持たれ、地面や岩に打ち付けられていた。
子どもが動かなくなると、引き裂かれたようだ。
男が声の限り叫ぶと、舌を切り落とされる。
女の人も、複数の野盗どもに交互に
最後の男が女の人を地面に投げつけると、炎の魔法だろうか、焼き尽くしていた。
その後、この男は目を潰されたというわけか。
後は、そのまま放置されたようだ。
イリアスはその男の記憶を魔核から見ていた。
時間にして10秒あるかどうかだが。
野盗どもは全部で10人。
男が7人、女が3人。
イリアスはそれほど善悪に振れ幅があるわけではない。
だが、気持ちがよくないのは事実。
・・・・
「いつの時代も、どの場所でも、人というものは・・」
イリアスはそうつぶやくと、魔核を握りつぶす。
イリアスは索敵を試みる。
一瞬で辺り一帯の索敵が終了する。
凄まじい広範囲が索敵される。
・・・なるほど。
イリアスは野盗の存在を把握した。
別に、この男の
ただ、偶然に転移した先にこの男がいた。
だが、その偶然を大切にしたいとも思った。
もしかしたら、この男の思念が私をこの場所に転移させたのかもしれない。
そして、こんな不快な思いをさせる連中は掃除しておこう。
クイーンバハムート様の世界が汚れてしまう。
そう思うと、野盗のいる方向を向いた。
カツっと
「・・ギャハハ、あの女、異世界人じゃなかったか?」
下種な笑い声を上げながら、筋肉質の男がしゃべっていた。
スラブ系の顔立ちだ。
「そんなことはどうでもいい。 俺たちがこれから世界のルールを作っていくんだよ」
「へっ! 何言ってるんだ。 そんな政治家の真似事してどうするんだ。 もっと自由に楽しまなきゃ」
「そうよ。 私たち何でもできるんだから・・・」
野盗たちは好き勝手なことを言っている。
このレベルや魔法がある世界になった時、VRのゲームをみんなでしていた。
初め、薬の使い過ぎで頭がおかしくなったのかと思っていた。
だが、どうやらゲームの世界と現実の世界が交わったようだ。
そうみんなが思った。
魔法も本当に使えるし、身体能力もゲームのキャラのようだ。
試しにそこら辺りの浮浪者を狩ってみた。
・・気持ちいい。
すぐに街の中に、ゲームキャラのようなゴブリンや犬モドキの魔物が出てきた。
それらを狩ってみると、レベルが上がりました、経験値を獲得しました、などと頭の中に声が聞こえる。
そして、そのアナウンスが流れる度に自分たちが強くなっていくのがわかる。
それからはやりたい放題だった。
チームで連携して、魔物を狩れるだけ狩った。 人も狩った。
気が付けば、レベルが24になっていた。
身体能力は超人と呼べる感覚。
この10人のチームで移動しながら、好きなことをやっていく。
好きな時に食べ、寝て遊ぶ。
本当の自由ってこういうことを言うのかな・・なんて考えたりもした。
それは自由ではなく
野盗たちの目の前に、漆黒の黒髪の人物がいきなり現れた。
!!!
「「「うわ!」」」
「な、なんだ? 新しいクエストか?」
皆がザワザワし出す。
「おい、お前、やられキャラか?」
「キャハハハ・・・」
「では、スタートだな」
野盗たちは連携しつつ、イリアスから距離を取る。
それぞれが距離を保ちつつ、イリアスの周りに展開した。
イリアスは全員の顔を確認。 そして問う。
「お前たち、先ほど一つの家族を襲ったな?」
静かな落ち着いた声。
聞いているものがそれだけで安心するような話し方だ。
野盗たちは一瞬だが、気持ちが緩んだ。
「ねぇ・・あの男? 女? 何言ってるのよ?」
「さぁ、わからないが、とにかくクエストだろ?」
筋肉質の男がそう言いつつも、答える。
「そういえば、さっき子供と女をいただいたところだったな。 忘れてた」
それぞれが勝手に口を開いていた。
イリアスは表情を変えずに野盗どもを見る。
「・・・お、おい、こいつ気持ち悪いぞ」
「あぁ、さっさと始末してしまおうぜ」
野盗たちはそういうと、戦闘態勢に入る。
筋肉質の男の隣の男がサバイバルナイフよりも長い剣を構える。
その横で女が呪文を詠唱していた。
イリアスの頭上から雷が落ちてくる。
パシューーーン!!!
イリアスは
ナイフを持った男は、それがダメージのために動けないと判断した。
ダッシュして、イリアスに向かって行きナイフで斬りつけた。
ガキーーーン!!
ナイフがイリアスの左腕に当たったかと思うと、そのまま折れる。
イリアスは動いていない。
ドラグーンの皮膚はそのまま龍の皮膚であり、イリアス自身も上位の龍族の変異体だ。
テツの魔法を伴う剣でも、傷を負わせるのは難しいかもしれない。
ナイフで斬りつけた男は驚く。
!!
「ナイフが折れた?」
そう思った時だった。
イリアスの右腕が自身の胸を貫いていた。
!?
「「「え?」」」
全員、何が起こったのかわからなかった。
確か、雷が落ちてナイフで斬りつけたはずだ。
なのに、なぜ相手の手が胸を貫いているんだ?
雷で動けなくなったんじゃなかったのか。
最初に動いたのは、雷を詠唱していた女だった。
次の魔法を放っていた。
ファイアーストームだ。
炎の竜巻がイリアスの周りで発生。
その渦に向かって、女の横の男も魔法を発動し
一粒一粒が、戦艦の主砲くらいの威力はあるだろう。
!!!
その石礫の中からイリアスが飛び出してくるのがかろうじて見える。
次の瞬間、女と男はきれいに縦に真っ二つに分かれた。
少しして蒸発する。
胸を貫かれた男はすでに蒸発していた。
残り7名。
「やべぇ!」
筋肉質の男はそうつぶやくと逃げようとした。
「ん?」
足に何か絡みつく。
地上から鎖が伸びて、全員に絡みついていた。
「サクリファイス」
イリアスがつぶやく。
足に絡んだ鎖の横からまた鎖が飛び出してくる。
すぐに全身を
「な、なんだこの鎖は?」
「クッ。 き、切れねぇ・・」
野盗たちは焦っているようだ。
「俺達、レベル24だよな? こんな鎖・・・」
イリアスはゆっくりと歩きながら、一人一人の首を刎(は)ねていく。
「き、きさま!! 何を・・」
筋肉質の男が叫んでいた。
この男と、横の女2人なった。
「きゃあああ!!! た、助けて・・」
女は叫びながら、弱々しい声になって震えている。
従属的な視線で、震えながらイリアスを見る。
イリアスはゆっくりと歩み寄って行き、そのまま女の首を
男はそのシーンを見せられて、初めて恐怖を感じたようだ。
今まで、自分たちのレベルが上がりゲームの世界を実感していた。
そして、自分達こそはゲームマスターだと感じていた。
身体の動き、魔法、それらを自由に使って人間を超えたと思っていた。
だが、自分達よりも強いものがいる。
その存在を今知った。
学ぶには代償が大きすぎたし、遅すぎたようだ。
「な、た、助け・・」
男はそこまで口を動かしたら首を刎ねられていた。
・・・・
イリアスはその場に誰も存在しないことを確認すると、どこかへ去っていった。
風を残して・・。
◇◇
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