第39話 破邪顕正の剣②

「一同大儀、面を上げよ!」


 将軍秀忠の凛とした声が大広間に響くと、大名達は一斉に顔を上げた。すると、最前列に座っていた老中土井利勝が立ち上がった。


「次期将軍の家光様が御逝去された為、早急に跡継ぎを決めねばならなくなりました。

 筋から言えば、紀州家の徳川頼宣様、尾張家の徳川義直様、弟君の忠長様が候補になると思われますが、上様には、忌憚のない意見を聞きたいと仰せられ、本日の総登城となったわけであります。御意見のある方は述べられよ!」


 今回の総登城で、次期将軍が決まると聞かされていた大名達は、待っていましたとばかりに、推戴する人物のすばらしさを述べ合った。

 しかし、一時あまり論戦を戦わせたが、何れも甲乙つけ難く、推挙する人数においても、突出する人物は出なかった。


 その時、先頭に座っていた大老の大久保忠光が、おもむろに声を上げた。


「上様に申し上げます。この大久保忠光は、上様のお子であられる忠長様こそが、跡継ぎに相応しいと存じます。忠長様が将軍としての器を持っておられることは、上様もご存じのはず。何卒、忠長様を次期将軍に決定して戴きとうございます!」


 場内がしんと静まりかえったところで、秀忠が、大老の大久保忠光を睨みながら口を開いた。


「皆の意見は相分かった。では、儂の存念を申そう。……第三代将軍は、尾張家の義直に決める。一同大儀!」


 突然の決定に、不満を露わにした大名達をよそに、秀忠が立ち上がろうとした、その時、一人の侍が血相を変えて駆け込んで来た。


「ご、御注進に御座る! 只今、江戸城を一万の兵が取り囲んでおりまする!」

「何じゃと! それは、何処の兵じゃ!」

「大老、大久保忠光殿の兵に御座います!」

「忠光、これはどうした事じゃ、事と次第ではただではおかぬぞ!」


 秀忠は、憤怒の形相で大久保忠光を睨みつけた。


 大久保忠光は、秀忠が後継者を誰に決めようが、この総登城の場で謀反を起こすつもりでいたのである。一万の兵を動かしたのも、予定の行動だったのだ。


「だまらっしゃい! それ、秀忠を捕らえよ!」


 大老が呼ばわると、息のかかった大名らが、見る間に、秀忠を捕らえて上段の間から引きずり下ろした。

 そして、上段の間に忠長が座ると、諸侯達からどよめきが起こった。


「大老殿、気がふれたか? 上様に対して何たる無礼。皆の者大老を捕らえよ!」


 老中土井忠勝始め、徳川譜代の大名らが、大久保忠光に殺到しようとした時、武装した大老の配下数十人が大広間に雪崩込んで、彼らの行く手を阻んだ。

 武器を持たぬ譜代の大名らは、憤怒の顔を大老に向けるしかなかった。


「よいか!! 諸侯の江戸屋敷の者は、人質として我が大久保の兵が抑えた。刃向かえば、諸侯らの妻や子の命はないと思え!」


 大広間の全国の大名たちは、キツネにつままれたような顔で、その場の雰囲気にのまれていて、立ち上がって抗議を訴えていた者も、自分達の妻子が人質となった事を知らされると、黙りこんでしまった。


 大久保忠光は諸侯を睨んでから、「将軍秀忠を斬れ!」と、配下に命じた。

 秀忠は、泰然として目を閉じている。この期に及んで、口だす者は誰もいなかった。


 配下の者が、その首を撥ねようと刀を振り上げ、譜代の大名たちが「上様!」と涙ながらに叫んだ刹那、

 首切り役の侍が悲鳴をあげて崩れ、秀忠を取り押さえていた大老の手の者が次々と倒れると、小姓と侍女が走り込んで来て、両手を広げ秀忠を護る態勢を取った。

 それは、家法と静だった。彼らが、気功剣で将軍秀忠を救ったのである。


 時を置かずして、大広間の入り口を固めていた大老の配下たちが蹴散らされると、蓮之助と華が、黄金の葵の御紋の入った太刀を高々と翳して、威風も堂々と入って来た。


 二人に斬りかかろうとした大勢の侍達は、華の気功神剣の前に、あっけなく沈んだ。


 蓮之助と華が、中央を真っすぐに大久保忠光に向かって進むと、諸大名は道を開け、家康の剣と分かった者は、その場にひれ伏した。


「大久保忠光! 上様への謀反、いや、徳川宗家への謀反は明白となった。観念して腹を斬れ!」


 蓮之助は、忠長と大久保忠光を上段の間より引きずり下ろし、秀忠を上段の間に戻した。


「家法! 家光様をこれへ」


 蓮之助が家法に命じると、死んだはずの家光が元気な姿を現したではないか。

 諸侯たちは息を呑んで、声も出なかった。


「これは何とした事? 蓮之助、儂をたばかったな!」


 刀を抜いた大久保忠光が、狂気の形相で蓮之助に斬りかかった。


「蓮之助。成敗!」


 秀忠が叫んだ次の瞬間、蓮之助の大剣が煌めくと、大老、大久保忠光の首が飛んで、ゴロっと諸侯の前に転がった。


「各々方! これは神君家康公の破邪顕正の剣ぞ。徳川に刃向かい、世を乱そうという者は出ませい! 家康公に成り代わり、この柳生蓮之助が成敗いたす!!」


 蓮之助が、修羅の形相で血の滴った刀を振り上げると、大名たちはひれ伏してピクリとも動かなかった。


「諸侯の人質たちは、既に徳川軍によって解放された。安堵されよ。

 福丸! 大老の首を槍に刺して、江戸城を取り巻く大老の兵に見せるのじゃ。すぐにも退散するであろう」


 蓮之助は、刀の血を拭き取って鞘に納めた。


「見事じゃ! 蓮之助。家臣の鏡である、諸侯も手本といたせ!」


 秀忠が大声で呼ばわると、大名達の呻くような声が、大広間に響いた。


「ハハーッ!!」


 その後、大久保の一味は悉く捕らえられ死罪となり、忠長は切腹させられた。

 全てが片付いた蓮之助達一行は、主君、頼宣の警護をしながら紀州へと帰っていった。

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