第16話 風魔の陰謀②

 蓮之助たちが谷沿いに進むに連れて、山は険しさを増し、天然の要害となっていて、大軍が入れる地形では無かった。


 更に昇って行くと、そこには、谷を塞ぐように巨大な石の壁がそびえ立っていて、その上では篝火が焚かれ、数人の監視の者が動いていた。


「大軍が通れるとしたら、この谷川を登るしかない。この石垣は、大軍を通さぬために作られたものだろう。このまま進んでは見つかってしまう、山の斜面を登るしかなさそうだな」


 蓮之助達は、切り立った山を登る道を選んだのだが、道なき道を進んでいく内、悍ましいものに遭遇した。

 それは、風魔に殺された伊賀忍者たちの骸だった。彼らの首は木の杭の上にあり、見せしめのように晒されていた。


「何と惨い事を……。我らがここを通る事を承知で、警告の為にこのような事をしたのだろう。こちらの動きは、敵に知られているようだな……。せめて法を唱えてやろう」


 蓮之助が手を合わすと、三人もそれに従った。



 彼らは、道なき道を必死で登り、やっとの思いで峰を越えた。眼下には、風魔の里であろう麓に、篝火が燃えていた。


 その時、真っ赤な照明弾が彼らの頭上に上がったかと思うと、遠くでブンという弦を弾く音が一斉に聞こえた。


「弓だ、木の陰に隠れろ!」


 蓮之助が叫んだ次の瞬間、無数の矢がピュンピュンと風を切って、雨のように降り注いで来た。


 咄嗟に彼女をかばった蓮之助が「ウッ!」と、呻き声を漏らした。


「蓮之助様!」


 華が叫んだ時、それに気付いた大三郎達が、蓮之助と彼女を大きな木の陰に引きずり込んだ。

 見ると、蓮之助の左腕には一本の矢が突き刺さっていた。福丸が、その矢を折って引き抜いたが、直ぐには血止めをしなかった。


「何故、血止めをしないのです?」


「この矢には毒が塗ってあります。毒を抜かねばなりません」


 大三郎と福丸が手際よく蓮之助の傷の手当てをしているのを、華が心配そうに覗き込んでいた。

 

「どうやら、この山には敵が潜んでいて、我らの居場所を照明弾で知らせているようだ。だが、ここで引き返す訳にはいかぬ。……ああ、身体が痺れて来た」


 蓮之助が喘ぐように言うと、華が泣きそうな顔を大三郎に向けた。


「毒はあらかた流れましたから死ぬ事はありませんが、数日、身体が言う事を聞かないと思います。

 ……蓮之助様、こんな身体では存分な戦いは出来ません。一旦戻られては?」


 大三郎が、懇願するように言う。


「ならぬ! 秀忠様をお救いするまでは戻るわけにはいかんのだ。体は動かずとも気功剣は使える。心配するな」


 蓮之助の気迫に押されて、大三郎は、口を噤むしかなかった。


 雨のように降っていた弓矢の攻撃が止むと、山は、風の音だけの静けさを取り戻していた。

 だが、次の瞬間、蓮之助たちの頭上に、再び照明弾が上がった後、「ドーン! ドーン!」と花火を打ち上げるような音が響いた。その直後、彼らが身を潜めている直ぐ近くに凄まじい爆発が起こり、木々が吹き飛んで、土塊が雨あられと降り注いだ。


「くそっ! 今度は大筒か!?」


 大三郎は蓮之助を背負い、砲弾をよけながら山を疾走した。彼の鍛えられた体は、大きい蓮之助を背負っても、その動きが鈍る事は無かった。


 数十発もの大筒の攻撃が止み、彼らが一息ついたところへ、一発の砲弾がヒューという音と共に、彼らの頭上に現れた。


 その刹那、華が反射的に空中に飛び上がり、気功剣で砲弾を斬った。その衝撃で、爆発を起こした砲弾の飛散物が、彼女の顔面を襲った。


「華! 大丈夫か!?」


「目、目が!……」


 蓮之助が重い身体を引きずって、苦しむ華を抱き起こすと、その目から血が流れ出ていた。


「これはいかん。福丸、水じゃ!」


 大三郎が、華の目の異物を取り除き水で洗浄したあと、印籠から取り出した薬を水に溶かしたものを「少し沁みますぞ」と言って、彼女の目に垂らした。


「蓮之助様、これでは、失明はしないまでも華殿の目は暫く見えないでしょう」


 蓮之助の身体は自由を失い、華は目が見えない最悪の状況に、大三郎の顔が更に曇った。


「華、戦えるか?」


「……これでは敵が見えませぬ!」


 華は、目の激痛に堪えながら、必死に周りの状況を感覚で捉えようとしたが、何も見えなかった。


「心を落ち着けるのだ。気功剣を使う態勢になってみろ。儂の気を感じるか?」


 華は、蓮之助に言われるままに精神を集中して、気功剣の態勢に入った。


 すると、目が見えていた時には見えなかった、他人の気が朧気に見えて来たのだ。

 更に感覚を研ぎ澄ましていくと、人の動きが手に取るように分かり、風にそよぐ木々や小さな虫までも、鮮明に捉えることが出来たのである。


「蓮之助様、見えます! 戦えます!」


 華が叫ぶように言うと、蓮之助が、うむ、と微笑んだ。


「後方に二人の敵が見えます!」


 福丸が、華の指さす方向に姿を消して暫くすると、血の付いた刀を握って戻って来た。


「華様、二人の敵は仕留めました。蓮之助様、誰かが我らの後を追って山を登って来ます。それも、かなりの数です!」


「山を登って来るなら味方に違いない。大三郎、福丸、応援が着き次第、一気に攻め込むぞ。まず、我らで敵の弓隊と大筒隊を封じるのだ。大三郎は、すまぬが儂を背負ってくれ。福丸は華の援護を頼む。

 この戦いで全てが決まる。皆、法に命を預けるのじゃ、よいな!」


「はっ!」


 暫くすると、数十人の伊賀の軍団が姿を現した。彼らは、大三郎に背負われた蓮之助と、目に包帯を巻いた華の姿を見て、唖然となった。


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