第14話 刺客万来②

 茜の姿が消えても、蓮之助と華は、その残像を何時までも見つめていた。


「姉上は、もしかしたら徳川の刺客だったのかも知れんな。徳川の兵法指南である柳生に刺客の依頼が来るのは時間の問題だと思っていた。おじじ様の事もあり、私をよく知る姉上が志願したのであろう。私達を心配して来てくれたのだ」


「そうでしたか。安心してもらえて嬉しゅうございます」


「うむ、おじじ様と姉上の恩義忘れまいぞ」


「はい」


 茜が去って、年が明けた一月に中国拳法の達人で、道元と言う僧が現れた。また、宝蔵院流の槍の使い手、玄海が四月にやって来たが、二人共、相手に触れずに倒す気功術の敵ではなかった。

 更に八月には、明から来た気功術の達人、陳が挑んで来た。気功と気功の戦いは、最初は互角だったが、蓮之助が気功剣を使うと、あっさり勝負はついた。

 蓮之助は、これら、六番から八番までの刺客を次々と撃退して、季節は秋となった。



「我らは、雑賀衆。秀忠公の命により、柳生蓮之助殿のお命頂戴仕る!」


 鉄砲で有名な紀州の雑賀衆が、名手八人を揃えて山に登って来たのだ。

 蓮之助と華は、気功剣で応じた。


「華、お前は左の四人を頼む。わしは、右だ」


「分かりました」


「雑賀衆。いつでも撃たれよ!」


 蓮之助が叫ぶと、彼らは一斉にその銃口を上げ、狙いを定め、引き金に指を置いた。

 次の瞬間、蓮之助と華の手がわずかに動いた刹那、彼らは悲鳴を上げて鉄砲を投げ出していた。彼らは知らぬ間に、気功剣で腕を切られていたのである。


 雑賀衆は何が起きたのか分からず、蓮之助と華を呆然と見ていたが、負けを認め山を下りて行った。




 年の瀬も迫ったある日の事、蓮之助達は隣の大三郎と福丸を招いて、囲炉裏を囲み夕食を取っていた。


「蓮之助様、江戸からの話では、あなたへの刺客に名乗りを上げる者がおらんそうで、秀忠様は風魔一族と話しをしているようでございます」


 大三郎が顔を曇らせながら言った。


「風魔一族? それは、忍びなのか?」


「昔は北条家に仕えた忍びだったのですが、最近になって風魔神太郎(ふうまかみたろう)と名乗る頭が現れて、新しい風魔一族を作りました。幻術、毒、爆薬を使い、その身体は鉄で覆われている巨人だという噂も流れており、徳川も、得体のしれない連中ゆえ迷っていたようですが、終に、風魔に蓮之助様を打たせようと動きました」


「そうか、今度の敵は一筋縄ではいかぬようだな……」


 囲炉裏の炎を映した蓮之助の眼が、異様に光った。




 その頃、江戸城では家康と側近達が酒を酌み交わしていた。


「その後、蓮之助はどうしておる。この所忙しくて忘れて居ったわ」


「この一年、居合斬りの林崎甚助に始まり、柳生茜、雑賀衆の鉄砲隊まで悉く火の粉を払った由にございます」


 井伊直政がよく通る声で報告すると、


「これ、直政、火の粉とは何じゃ。徳川を悪し様に言うな!」


 筆頭の酒井忠次が、家康の激怒を恐れて声を荒げた。


「まあ良いわ、蓮之助にとってみれば火の粉に違いあるまい。それにしても蓮之助という男はどこまで強いのじゃ、最早これ以上の刺客はいないではないか」


 家康が、怒気を含まぬを見て酒井忠次は胸をなでおろし、隣にいる直政の膝を小突いた。


「なんでも、人に触れずに相手を倒す気功術なる剣法を学んで、鉄砲も役に立たぬ由にございます」


 本多忠勝が、興奮気味に話した。


「ほう、気功術とな。秀忠、刺客を放つも、あと一年の猶予しかないぞ。もう止めにしてはどうじゃ?」


「いえ、このままでは徳川の面子が立ちませぬ。現在、風魔一族に刺客の依頼をしたところです。しばしの御猶予を頂きとうございます」


「風魔一族じゃと。強いそうじゃが、色々と悪い噂しか聞かんぞ。使い方を誤れば徳川の

仇ともなりかねぬ……」


 家康の顔が曇り、秀忠に鋭い目を向けたが、言おうとした言葉を飲み込んだ。秀忠は、年が明ければ二代目を継ぐ身、家来の前で叱りたくなかったのである。


 歳は暮れ、そして新しい年が明けると、秀忠は二代将軍となった。家康は大御所として、その行く末を見守る事となった。

 

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