第10話 伊賀忍軍の襲撃②
「蓮之助様! これでは防ぎきれませぬ!」
「華、弱気になるな! 最後の一人迄倒さぬ限り、儂達に明日は無いのだぞ!」
だが、そう言う蓮之助も、既に立つ事も出来なくなっていた。
(最早、これまでか!……)
蓮之助は、何を思ったのか、傍にいた華の身体を抱き寄せた。
「蓮之助様?」
驚く華の唇に蓮之助の唇が重なった。そして、彼の大きな手が、彼女の着物の上から乳房をぎゅっと掴むと、彼女は、身体をピクンと震わせ、喘ぎそうになるのを必死で堪えて蓮之助にしがみついた。
「?」
遠巻きにしていた忍者軍団が、抱き合う二人を訝し気に見ていた。
「華、お前は、柳生蓮之助の妻ぞ。運なくあの世に行ったなら閻魔大王に大声で言うのじゃ、よいな!」
蓮之助は、自分の為に若い命を終わらせねばならぬ華が不憫でならなかった。ならばせめて、妻として死なせてやろうと考えたのである。
「嬉しゅうございます。……でも、華は死にません。そして、貴方も死なせませぬ!」
頬を赤く染めて、うれし涙を浮かべていた華の顔が、見る見る鬼の形相へと変化していく。
華は立ち上がると、両の袖と膝から下の裾を切り取り、その布を破いて鉢巻とし、長い黒髪を小刀でバッサリと切った。
彼女の頭脳は、生き残るための、戦闘態勢を弾きだしていた。
「伊賀の衆! 夫、蓮之助に変わり、妻の華がお相手いたす。命の要らぬものは我に挑まれよ!」
華が声高に叫んで両の剣を抜くと、伊賀の忍者軍団が彼女に一斉に押し寄せた。
華の身体が、毬のように跳ね、二本の剣が月光に煌めくと、華に挑んで来る忍び達は、高速で回転する駒に弾かれるように次々と倒れて行った。
華は、雲と起こって来る忍者軍団を手も折れよと斬りまくり、疾走した。
いつしか、彼女の顔も身体も返り血で真っ赤に染まっていた。触れるもの全てを打ち砕く華の修羅の舞に、忍び達は恐怖を感じて後退りした。
「何だ、あやつは!? もはや人ではない化け物だ……」
「ええーい、怯むな! 御庭番としての意地を見せろ! 女一人に何をしておる、さっさと打ち取らぬか!」
忍びの、頭目がいらだって叫んだ刹那、蓮之助の投げた太刀が頭目の胸に突き刺さった。
蓮之助は、今までに見た事も無い、修羅となった華の動きに刺激されて、闘争心が蘇っていた。
彼は、立てなかったが、敵は向こうからやって来てくれた。蓮之助は、相手の刀を奪い、腕も折れよと剣を揮った。
修羅の如き二人の壮絶な戦いに、忍び達は恐れ戦き総崩れとなった。
その時、「ワーッ」という鬨の声が上がって、十人ほどの侍が乱入してきた。
「我らは、通りがかりの者、義によって柳生殿に助太刀いたす!」
伊賀軍団は逃げ去り、深夜の長い戦いは、終わった。
蓮之助はそれを見届けると、ドッと倒れて気を失い、華も荒い息をしながら、その上に倒れ込んだ。
蓮之助が目覚めると、うつぶせに寝かされていて、視界には布団だけしか見えなかった。
「……ここは、何処だ?」
「島崎の家です」
華の元気な声がして、寝返りを打とうとしたら、背中に痛みが走った。顔をしかめる蓮之助を、華と千代が二人がかりで横向きに寝かせてくれた。
「華、怪我はなかったか? 今回はお前に助けられた。礼を言う」
「この通り大丈夫です。私は貴方の妻、礼など無用です。でも、よかった。もう三日も寝ていたのですよ」
華が蓮之助の妻と名乗ったので、母の千代は驚き、二人は既に契っていたのかと彼女のの顔を見た。
「そうだったのか。助太刀してくれた方々は?」
「徳島藩の方々と、大三郎様、福丸様です。皆さま、今は山小屋を立て直してくれています」
「何故、藩の方々が? それに、大三郎たちは伊賀の者のはず?」
「大三郎様が、大勢の伊賀者が徳島藩に入って来たことを蜂須賀の殿さまに伝えたのです。殿様も、恩ある蓮之助様に何かあればと家来を差し向けて下さいました。
大三郎様と福丸様は、家康様から、貴方を護るようにと密命を受けていたのです。
伊賀軍団の襲撃は秀忠様の命によるものなので、大三郎様は、同士討ちを避けるために徳島藩にお願いしたのだと伺いました」
「そうか、上様に気遣って頂くとは、済まぬ事だ」
蓮之助が華の後ろを見ると、千代の横に一人の僧が笑顔を見せていた。
「千代殿、そのお方は?」
「蓮之助様の怪我の手当てをして頂いた、お坊様の日光様です」
「日光殿か、かたじけない、世話になり申した」
「たまたま通りかかりましてな、もう少し治療が遅れていたら危なかった。
修行の為、明に渡った時に医術も学んだのでな。役に立てて何よりです」
日光は、五十歳くらいで逞しい身体をしていた。法華宗を弘める為に全国行脚をしているとのことであった。
蓮之助は、一月ほどで起き上がり、動けるようになった。
そんな折、蓮之助と華は、滞在していた日光から、仏法の話を聞かされた。
「人を斬る地獄道を行く蓮之助殿と華殿は、死すれば地獄行きは免れまい。だが、ここに一つの法がある。法を唱えれば、我が身が浄化され、生命力が溢れてくる。例え身は地獄に落ちても、心は救われましょう」
蓮之助と華は、言われるままに、日夜、法を唱えだした。
すると、今までに感じた事も無い、生命の奥底から湧き上がってくる、妙なる力を実感することが出来たのである。
それは、二人にとって不思議な体験だった。
そして、生きる為に人を殺さねばならぬ自分達の業の深さと、宿命と言うものが見えて来たのだ。
「私達のこの業は、どうしようもない事なのでしょうか?」
二人は、日光に自分たちの思いをぶつけた。
「いかなる悪業も転換できるのが、この法の力です。
とはいえ、これ以上、人を殺さぬ努力も必要です。明で学んだ気の術を教えましょう、役に立つはずです。
だが、根本は、法を生涯唱えきる事です。さすれば、敵までも、あなた方を護るようになるでしょう」
「……」
二人は、半信半疑で聞いていたが、やってみる価値はあると心を決めた。
更に一月が経って完治した蓮之助は、気の修行の為、華、日光と共に再び山に登っていった。
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