第37話 四魔族レヴィ
ころす……コロスッ……殺すッッ!
頭の中で、何度もそんな単語を繰り返しながら、街中を歩くザック。
その手には酒瓶が握られている。
家の中の酒を飲み尽くすだけでは飽き足らず、外で新しいものを買ったようだ。
その目は血走り、纏う雰囲気も危険な香りが漂っている。
あまりに異様な彼の雰囲気に、ゴロツキも避けていく始末だ。
――ほう……なかなか憎悪に満ちた心をお持ちではございませんか。
不意に、ザックの耳にそんな声が聞こえた気がした。
俯いていた顔を正面に上げたザックが「な、なんだこれは……ッ!?」と、目を見開く。
そこには人の形を模したとしか思えない、禍々しい紫色のオーラのようなものが……。
『人間よ、なかなか良い憎悪の心を持っている、ワタクシを受けれる気はございませんか? さすれば、大いなる力を与えましょう――』
「力……」
紫色のオーラのようなものが発した「力」と聞いた途端、ザックの瞳が虚ろなものとなる。
その様子を見たオーラはが『クフフフ……』と嗤う。
目の前の存在、それが明らかに危険なものだとザックにはわかる。
しかし、自暴自棄になった……そして酔っていたザックは、冷静な判断ができなかった。
憎っくき少年、クロノに復讐するためなら、その力が程に入るなら……。
ザックは紫のオーラに手を伸ばしてしまった。
『ここに、お前と私――四魔族が一柱〝レヴィ〟との契約は結ばれた――』
そんな声を響かせながら、紫色のオーラがザックの体へと移り込んでゆく……。
◆
「ぐあぁぁぁぁぁぁ――ッ!?」
アーデ家の屋敷の庭で、悲鳴が響き渡る。
「何事だ!」
悲鳴を聞き、使用人たちを引き連れ庭へと出てくるライル。
そんな彼の目に、とんでもない光景が飛び込んでくきた。
屋敷の門番が、おびただしい血を流して倒れているではないか。
『クフフフ……人間の体を媒体にして復活を遂げましたが、なかなかいい具合ではないですか』
門番の側で、一人の男が嗤う。
緑の髪、そして赤銅色の肌を持った男だ。
「ザック副隊長……?」
男の姿を見て、屋敷の中から静かに声を漏らすスミレ。
そう、髪の色や肌の色は大きく変わっているが、その顔は紛れもなく自分の部下である、副隊長ザックだったのだ。
「このままでは危険です、ライルさんたちを助けに行きましょう!」
「ああ、そうだな、アリアフィーネ!」
アリアフィーネとスミレが、武器を手に庭へと駆けつける。
『ほう……アレがこの契約者の標的でございますか』
庭へと出てきたアリアフィーネを見つめ、剣を手にザックが言葉を漏らす。
「ザック副隊長! いったいどういうつもりだ!」
文字通り豹変したザックに、スミレが叫ぶ。
『ザック……? ああ、この体のもとの持ち主のことでございますね。残念ながら、この者はワタクシとの契約によって自我を失っておりますよ』
「な、何を言っている……?」
明らかに口調も振る舞いもおかしいザックに、スミレは戸惑う。
そんなスミレに、ザックが高らかに告げる。
『ワタクシは四魔族が一柱レヴィ! 七大魔王、マモン様に仕える者なり! この者と契約を結び、今復活を果たした!』
――と……。
「よ、四魔族……!?」
ライルが目を見開く。
そして頭の中でとある可能性にたどり着く。
うまくいけば、今ごろクロノはシェリルを四魔族の魂から解放することに成功しているかもしれない。
そんなタイミングで四魔族が一柱を名乗る者が現れた……。
今まで、ライルは解放した四魔族の魂は勝手に消滅するものと思い込んでいた。
しかし、それが間違っていたなら、その魂が他の者に憑依する可能性があるとしたら……。
『クフフフ……どうやら気づいた者がいるようでございますね? そう、ワタクシこの体の持ち主と契約を結ぶことで体を乗っ取りました。憎悪に塗れたこの体を乗っ取るのは簡単でしたよ? まぁ、契約自体は果たさなければならないのが面倒ですが……それもすぐに終わることでしょう!』
ザック――否、四魔族が一柱、レヴィはそう叫び、剣を手に駆け出した。
向かう先にはアリアフィーネがいる。
「く……っ!」
咄嗟に装飾弓を構え、レヴィに向かって矢を射るアリアフィーネ。
『クヒャヒャヒャ! このワタクシにそんなものが通用するとでも!?』
高笑いしながら、ステップを織り交ぜることで容易く矢を避けるレヴィ。
(契約……そういうことか!)
駆けてくるレヴィに、スミレは理解する。
ザックはクロノに刃を向けるほどの憎悪を持っていた。
もし、四魔族に魂を売り渡すほどの契約を結ぶなら、クロノの殺害……あるいはクロノの大切な存在、アリアフィーネを亡き者にしようと考えるかもしれないと――
「させるか……!」
そう叫び、スミレは飛び出した。
自分を絶望の未来から救い出してくれたクロノ――
そんな彼の大切な存在、アリアフィーネを奪わせてなるものかと!
『邪魔でございます!』
盾を構えてアリアフィーネを庇うスミレに、レヴィが剣を振り下ろす。
斬撃は盾によって弾かれる……誰もそう思っていた。
しかし、結果はとんでもないものだった。
レヴィが剣を振り下ろす瞬間、剣が紫色のオーラのようなものに包まれた。
そして鋭い斬撃が盾ごとスミレの肩から腹を切り裂いた。
「ぐっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッッ!?」
激痛のあまりに、叫び声を上げてその場に崩れ落ちるスミレ。
彼女の返り血がアリアフィーネに飛んでくる。
「そ……んな……」
自分を守るために、スミレが……。
そんな事実を目の当たりにして、アリアフィーネが地面にしゃがみ込んでしまう。
『クフフ……さぁ、これで契約は完了です! お前の死をもって、ワタクシは自由となり魔王マモンさまの復活のために動きだせます……ッ!』
倒れたスミレを呆然と見つめるアリアフィーネに向かって、レヴィが紫のオーラを纏った剣を振り下ろす……その刹那だった。
ドパン――ッ!
腹に響くような轟音が鳴り響いた。
一拍遅れて、レヴィが『ぐぅぅぅ……ッ!?』と、呻き声を漏らす。
その肩からは血が溢れ出している。
「よくも……よくもアリアフィーネを……ッ」
屋敷の外から、怒りを感じさせる声が聞こえる。
クロノだ。
左手に《覇魔銃》を握ったクロノが、今までに見たこともないほど、恐ろしい形相をして歩いてくる。
その視線はスミレの血を浴びたアリアフィーネ、そこからレヴィへと移る。
『ひっ……!?』
クロノの視線を受けた瞬間、レヴィが小さく悲鳴を漏らし、その場から大きく飛び退いて、庭の中央へと距離を取る。
「ご主人様! わたしは無事です! でもわたしを庇ってスミレさんが……!」
「そうか……。シェリル、頼む」
「はいですわ!」
クロノの後ろから、シェリルが飛び出した。
倒れるスミレの元へと駆けつけ、太もものホルダーから回復薬ポーションを取り出す。
「来い! 《聖獣剣》……ッ!」
アリアフィーネの無事、そしてスミレにシェリルがポーションを飲ませたのを確認したところで、クロノが聖なる獣の剣を召喚し……四魔族、レヴィに向かって飛び出した――
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