第26話 家を探そう

 一刻後――


「そういえば、クロノ様。明日も迷宮に潜りますの?」


 ハンカチで口もとを拭きながらシェリルがクロノに尋ねる。


「いや、明日は少し用があってな」


「ご主人様と一緒に暮らす、賃貸のお家を探しに行くのです♡」


 クロノとアリアフィーネが楽しげに答える。


 いつまでも宿暮らしでは色々と不便だ。

 結構な資金を持っていることだし、貸家を借りることにしようと、クロノとアリアフィーネは決めていたのだ。


「わ、わたくしも……! と、いうのは、さすがにワガママすぎますわね……」


 二人の話を聞き、シェリルは羨ましく思うも、その辺は弁えているようだ。


 ところが、アリアフィーネがこんなことを言い出す。


「シェリルさんって、もしかして家事とかできたりします……?」


 ――と……。


「ア、アリアフィーネ、何を言い出すのだ……?」


 嫌な予感がして、クロノは思わず聞き返す。


「ご主人様、お恥ずかしながら、わたしはメイドを名乗っていますが、家事がほとんどできません。もし、シェリルさんがそういったことが得意なのであれば、教えてもらうのもアリかと思いまして……」


 少し恥ずかしそうに言うアリアフィーネ。


 考えてみれば、彼女は城育ちだ。家事などやったことがなくて当然だったのだ。


「わたくし、家事は得意ですわ! 小さい頃から屋敷のメイドにおままごと感覚で教えてもらってましたの!」


 やはり小さな頃からお転婆だったようだ。


 シェリルが爛々と瞳を輝かせながら、クロノとアリアフィーネに顔を近づけてくる。


「そういうことでしたら、どうでしょう、ご主人様。しばらくシェリルさんに暮らしをサポートしていただくのは?」


「むぅ、たしかに……吾輩も家事は全くだからな……」


「わたくし、お父様とお母様に許可をもらってきますの!」


「あ、おい、シェリル――……行ってしまったな……」


 クロノの答えを最後まで聞く前に、シェリルは駆けて行ってしまった。


 あそこまで嬉しそうな表情をされては、クロノも止めるに止められなかった。


「まぁ……なるようになるか」


 クロノは若干、諦めた表情を浮かべつつも、彼女が戻ってくるのを待つことにするのだった

 ――


 ◆


 翌日――


「ほう……なかなか住みやすそうな家ではないか」


 不動産屋に案内された家を見て、クロノは感心した声を漏らす。


 その後ろにはアリアフィーネと、両親から許可をもらったことでご機嫌なシェリルも一緒だ。


 幼い見た目をしているとはいえ、クロノも男だ。

 さすがにシェリルの両親も許可は出すまい……とクロノは踏んでいたのだが、どうやったのか、シェリルはバッチリ許可を取ってきたのである。


 それはさておき。


 場所は住宅区から少し離れているものの、木でできた二階建ての家はなかなかに居心地がよさそうだ。


 一階にダイニングキッチンとなっており、二階には大きめの部屋が一つと、他に小さめの部屋が二つある。


 大きめの部屋はクロノとアリアフィーネの寝室として使うとして、あとの二つのうち、どちらかをシェリルに使ってもらえばいいだろう。


「ご主人様、わたしはここがいいと思います。〝露天風呂〟まで付いてるなんて……最高です♪」


 上機嫌に言うアリアフィーネ。


 そう、彼女の言う通り、この家の庭には露天風呂が付いているのだ。


 お湯はまきで沸かす必要があるものの、この都市には都市中に水路を張り巡らす技術があるので、水は引き放題である。


「わたくしもいいと思いますわ。前の住人が家具を残していってくれたのも、ポイントが高いのですの」


 シェリルの言う通り、この家一階にはテーブルや椅子、ソファーなど、いくつかの家具が残っていた。


 さすがに気持ちの問題があったのか、寝具類はなかったが……やはりそこらへんは新品を用意したいので、クロノたちには問題なしだ。


「よし、なら決まりだな」


 他にも何件か回ったが、ここ以上にいい物件はなかった。


 アリアフィーネもシェリルも気に入ったようだし、クロノはここに住むことに決める。


 不動産のスタッフにも、家賃を半年分払うことで即決できると聞き、その場で払い、契約を交わした。


 そしてそのまま、都市の家具屋にベッドや食器類などを買いに出かけるのだった。


 ◆


 その日の晩――


「ふふっ、とっても気持ちいいですね、ご主人様……♡」


「そ、そうだな、アリアフィーネ……」


 露天風呂の湯船に浸かりながら、アリアフィーネが話しかけると、クロノは顔を真っ赤にして応える。


 今、クロノはアリアフィーネの胸に抱かれている。


 一緒に床を過ごすことはあれど、こうして風呂をともにするのが初めてだったので、クロノは少し気恥ずかしいのだ。


「ふふ……っ、ご主人様、お顔がとっても赤いです。のぼせちゃいましたか? それとも……ふふふっ♡」


 アリアフィーネが意味深な笑みを浮かべながら、クロノをさらに深く胸の中に抱き込む。


 このあとどうなったのかは……言うまでもあるまい。


 ◆


 時同じくして、露天風呂の外で――


「はわわわわわわわっ! お、お風呂でそんなことをしてしまいますの!?」


 露天風呂の仕切りに耳を当てながら、シェリルが顔を真っ赤にする。


 中から聞こえてくる声や音に、興奮してしまったようだ。


「ああ、クロノ様がどんどんアリアフィーネさんの色に染められていっちゃうと思うと――疼いてきちゃいますの……♡」


 このお嬢様の性癖も、なかなかに難儀である。

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