第5話 愛すべき資格
(アリアフィーネよ……姫であることを隠していたのは許そう。しかし、婚約者がいるのはダメであろう……! …………どうしよう)
アワアワと慌てた様子を見せるアリアフィーネ。
そして顔を真っ赤にして、彼女を怒鳴りつける青年――レイジ。
二人の関係を悟ったクロノは、若干途方に暮れ始める。
「ち、違うのです! レイジ様、これは……」
「何が違うんだ! 裸同然の格好でキスをしていたじゃないか!」
クロノを置いてけぼりにして、言い訳を始めようとするアリアフィーネに詰め寄るレイジ。
「ああ……青年よ、ちょっと落ち着いて――」
「黙れガキ! アリアフィーネ、話は後だ。まずはこの不埒者を始末してやる……!」
クロノはとりあえず仲裁しようと話に割り込もうとした……のだが、レイジはキッ! と、クロノを睨みつけると、腰にした鞘から剣を引き抜いた。
(あれは……まずいッ!)
レイジが抜いた剣を見て、クロノは瞬時にそれを悟った。
そして刹那の間にその場から横に大きく跳躍した。
次の瞬間だった……。
ザン――――ッッ!
今まさにクロノのいた場所を、白銀の光を放つ刃が切り裂いたではないか。
(くっ……! やはりアレは〝聖剣〟か! そういえばコイツ、先ほど勇者と言っていたな)
聖剣――勇者と呼ばれる者だけが扱うことを許された神聖属性を宿した特別な剣の名前だ。
勇者は神聖属性の力を使い、自身の身体能力を大きく上げることができる。その身体能力を活かし、クロノに俊速の斬撃を放ったのだ。
「な……!? 勇者である俺の斬撃を躱しただと……!? 貴様、何者だ!」
「わ、我輩は旅の冒険者だ。勇者殿、まずは話を――」
「ええい、黙れ! その強さ、さては呪術使いだな! そうか……呪術を使って、アリアフィーネを操っているということか!」
「どうしてそうなる!?」
自分から質問を投げかけたくせに、聞く耳すら持たずにそんな解釈をする勇者レイジ……。
そんな彼を冷めた瞳で見つめ、アリアフィーネは「はぁ……」と、溜め息を吐く。
そしてそのまま――
「クロノ様、お逃げください。レイジ様には何を言っても無駄です」
――と、暗い表情でクロノに逃げろと言う。
「…………」
僅かな時間、沈黙するクロノ。
だがすぐに口を開きアリアフィーネに問いかける。
「アリアフィーネ、お前はどうしたい……?」
と――
婚約者がいることを黙っていたのはなかなか許せることではない。
しかし、アリアフィーネは保身を優先すればクロノのことなど見捨てて、勇者レイジの勘違いに乗って、自分は操られていたと主張することもできたはずだ。
にも関わらず、暗く……そして悲しそうな表情で、クロノに逃げろと言った。それに、よく見れば彼女の瞳は潤み、その体は小さく震えている。
本気の想いを伝え、愛し合ったアリアフィーネ……。
そんな彼女を黙って置いて逃げるなどできようか――
「一緒に……行きたいです……。クロノ様と一緒に、どこかへ逃げたいです……っ。わたしは、クロノ様と添い遂げたいです……!」
――大粒の涙を流しながら、アリアフィーネは思いを叫んだ。
「ふんっ、最初からそう言っていればよかったんだ」
そう言って、クロノは不敵な笑みを浮かべた。
そしてそのまま――
「来い! 《聖獣剣》……ッ!」
――その手の中に、聖獣装武具が一つ、聖なる獣の剣を召喚する。
「武具召喚スキルだと――ぐぅ……ッ!?」
クロノが剣を呼び出したことに目を見開く勇者レイジ。
しかし、その途中で苦しげな声を漏らすこととなる。
クロノが有無を言わさずその場を勢いよく飛び出し、勇者レイジに斬撃を放ったのだ。
咄嗟に聖剣で防御する勇者レイジ。
だが、クロノはそうなることを見切っていた。
そもそも、勇者レイジが防御できるように〝手加減〟して攻撃を放ったのだから当然である。
「
静かに……しかし、それでいて鋭い声で呟くクロノ。
背中に冷たいものを感じ、勇者レイジはその場を飛びのこうとする――が、時すでに遅し。
クロノはベヒーモスのステータスを活かし、勇者レイジの聖剣を弾くと、そのまま彼の腹に蹴りを放つ。
勢いのあまり、勇者レイジは奥へと吹き飛び、そのまま派手な音を立てて壁にめり込んでしまう。
「ぐ……な、何というパワー……だ……ッ」
さすがは勇者といったところだろうか、苦しげな声を漏らしながらも、レイジは聖剣を手に立ち上がる。
「人々の希望である勇者殿に、こんなことをして心から悪いと思う。しかし、彼女は……アリアフィーネは勇者殿との婚姻は望んでいない。それは彼女の涙を見れば、そして彼女の決意を聞けばわかる」
レイジに向かい、真剣な表情で語りかけるクロノ。
クロノと逃げたい、そして彼と添い遂げたい――
婚約者の前で、それも絶対的な力を宿した勇者の前で、そんな言葉を口にしたアリアフィーネの思いと決意は本物だ。
皇族である以前に、彼女は一人の乙女。
心優しき聖獣は、一人の少女としてのアリアフィーネの思いを尊重することにしたのだ。
(それに……我輩はすでに、彼女を愛してしまったからな)
雄として、愛し合った雌を守る。
……それは生物として当然の行動。
本能、そして自らの思いに従うまでだ。
「ク……クソがぁぁぁぁぁぁ――! アリアフィーネは俺の〝物〟だぁぁぁぁぁぁッッッ!」
クロノの言葉――覆しようもない事実を聞き、レイジは怒り狂った形相で聖剣を振り上げ駆け出した。
ブチ――――ッッ!
その瞬間、クロノの中で何かが弾けた。
そして次の瞬間にはその場を飛び出していた。
右手から《聖獣剣》を捨て、そのまま大きく振りかぶると……メキッ! 何かが砕けるような音とともに、レイジの顔面にクロノの拳がめり込んだ。
再びレイジは壁に叩きつけられ……「ぐは……っ!?」と声を漏らすと、そのまま意識を落とすのだった――
「彼女を――アリアフィーネを〝物〟というお前に、彼女を愛す資格はない」
気絶したレイジを冷たく見下しながら……クロノは小さく呟く。
「行くぞ、アリアフィーネ」
「はい! はい……! クロノ様……っっ!」
大粒の涙を次々と零しながら、クロノに応えるアリアフィーネ。
そんな彼女を、文字通りお姫様抱っこすると、クロノは部屋の窓から飛び出し、城を――この帝都をあとにする。
(女神に世界のために力を振るってほしいと言われたが……まさか勇者を敵に回してしまうとはな。だが、愛すべき者のためだ。女神も許してくれるだろう)
アリアフィーネを抱いて走りながら、そんなことを思うクロノ。
それと同時に、勇者は敵に回してしまったものの、自分は自分なりに、人々のために力を振るおうと決意するのだった――
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