第4話 婚約者……?

「ほう! 我が娘の命の危機を貴殿が救ってくれたということか……!」


 アウシューラ帝国、その帝都であるクラリアルの皇城――ここはその謁見の間である。


 その場で膝をつくクロノ。


 その目の前で、とある椅子……詳しく言えば〝玉座〟に座った美丈夫が、感動した……! といった感じでクロノに言葉を投げかける。


 対するクロノは「え、あ……はい」と、何とも締まらない感じで生返事をする。


 そんなクロノを見て、アリアフィーネ……いや、アウシューラ帝国第一皇女、アリアフィーネ・アウシューラは、玉座に座った人物――〝皇帝〟の隣に立ってクスクスと笑っている。


 都市の外壁前で、騎士たちに衝撃の言葉を放ったアリアフィーネ。

 ……クロノは一瞬、彼女が何を言っているのかわからなかった。


 アリアフィーネは騎士たちに、帰り道で馬車が野盗に襲われたこと、そして危機一髪のところでクロノに助けられたことを説明した。


 そんな中で、クロノはようやく理解する。自分が命を救い、そして昨夜と今朝に愛し合ったエルフの少女が、この国のお姫様であるという事実に――


 事情を聞いた騎士たちは問答無用でアリアフィーネと一緒にクロノを馬車の中に押し込むと、この皇城へと連れて行き、クロノはそのまま謁見の間に通され……今の状況ができあがったわけである。


 恐らく、アリアフィーネは身分を隠して旅をしていたのだろう。さっきまでは村娘を思わせる衣装を着ていたというのに、今は胸元の大きく開いた、綺麗なドレスを身に纏っている。


「ところで、クロノといったか……? 貴殿はいったい何者なのだ?」


「陛下、吾輩は辺境の村から冒険者を目指してこの帝都に向かっておりました。その最中に、アリアフィーネ姫が野盗に襲われているところに遭遇し、お助けした次第です」


 恐らくこの手の質問はされるだろうと思っていたので、クロノはカレンに相談し、それらしい理由を用意していた。


 それを聞いた皇帝は「なるほどな、娘の話では固有スキルを持っているとのことだ。まだ幼い見た目をしているが、冒険者を志すのは当然やもしれん」と、クロノの答えに納得するのだった。


「旅で疲れているだろう。娘を救ってくれたことだ、今日のところはここで休んでゆくがいい。食事と部屋、それにたっぷりと報酬を用意しよう」


「それは……ありがたき幸せです、皇帝陛下」


 皇帝の言葉に、跪きながら深く頭を下げて応えるクロノ。


 成り行きでアリアフィーネを助けただけなので、そこまでしてもらうのはどうか……とも思ったのだが、皇族の申し出を断るのは不敬に当たるやもしれぬ……と判断し、ありがたく好意を受けることにした。


 前世が聖獣ベヒーモスだったとはいえ、友人であり女勇者であったアリアなどとも交友があったクロノは、そういった知識を何となくではあるが理解しているのだ。


 皇帝に「まずは食事をとるといい」と言われ、クロノは食堂へと通されるのだった。


 ◆


「はぁ……」


「ふふっ、疲れたご様子ですね、クロノ様?」


「当たり前だ。……いえ、当たり前です。アリアフィーネ様。まさか皇女殿下だったとは……」


 広い食堂で、溜め息を吐くクロノに、アリアフィーネは小さく笑いながら話しかける。

 クロノは丁寧な口調を意識し、それに応える……のだが――


「もうっ、そんな口調はダメです! 今まで通り、アリアフィーネと呼んでください♡」


 ――と、口調と呼び方を注意されてしまった。


 食堂には今、クロノとアリアフィーネだけでよかった。

 こんな会話を皇帝や使用人たちに聞かれたら……と思うとクロノはゾッとするのだった。


(ああ……手を出してしまったのだよな、一国の姫君に……)


 目の前で可愛らしい笑顔を浮かべるアリアフィーネを眺めながら、クロノは改めてその事実を再認識する。


 未来のこの世界で、親も知り合いもいない……分類すれば平民である自分が、姫である彼女に手を出してしまった……。その覆しようのない事実に、途方に暮れつつある。


 だが、そのことを黙っていたアリアフィーネを責めるつもりはない。

 彼女は本気でクロノに惚れてくれたことを理解しているし、そんな気持ちをまっすぐぶつけてきてくれた美しい彼女を、受け入れたのは自分であるからだ。


 アリアフィーネも、そこが気がかりではあったようだ。

 クロノに「身分を隠していたこと、怒ってますか……?」と不安げに聞いてくる。


 もちろん、クロノは「そんなことはない。身分があるのに吾輩を好きになってくれたこと、感謝している」と、小さく笑いながら応える。


 アリアフィーネは「クロノ様……!」と、感極まった様子で声を漏らし、彼の隣までくると強く、強く……抱擁してくるのだった。


 ◆


「来て……クロノ様ぁ……♡」


「アリアフィーネ……」


 その日の夜中――


 こっそりアリアフィーネの自室に招かれたクロノ。


 ツヤのある黒色のベビードール姿のアリアフィーネがベッドの上でクロノを誘う。


 彼女の上に覆いかぶさるような状態になり、クロノはその唇にキスを交わす。


 次第に夢中になっていく二人、何度もキスを交わすうちに、アリアフィーネのベビードールが乱れていく。


 そんな時だった――


「今戻ったぞ! アリアフィー…………ネ……?」


 ――部屋の扉が勢いよく開かれた。


 それとともに、一人の青年が現れ、晴れやかな口調で声を上げる……のだが、声はその途中で疑問の色に変わる。


 無論――彼の目の前では、衣装が乱れたアリアフィーネとクロノが濃厚なキスを交わしている最中だ。


「レ、〝レイジ〟様!? なぜここに……!? 今は北の砦でドラゴンの討伐をしているはずじゃ……」


 青年の存在に気づくと、アリアフィーネはクロノの下から這い出て、シーツで体を隠しながら、慌てた様子で青年に問いかける。


「ド、ドラゴンの討伐は俺ではなく他の勇者が行くことになったんだ……。そ、それよりどういうことだ! 勇者である俺という婚約者がありながら、なぜ他の男とそんな格好でキスをしている……!?」


 レイジと呼ばれた青年は、わなわなと体を震わせながら、アリアフィーネに向かって叫ぶ。


 そして、一拍遅れてクロノは何となく状況を理解したようだ。


 二人を交互に見つめ、そして小さく――


「Oh……」


 ――と、声を漏らすのだった。

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