第2話 ベヒーモスのベヒーモスがベヒーモスしてしまう

「さて、状況を説明してもらえるか?」


「かしこまりました! 救世主様っ♡」


 アリアフィーネを引き剥がしたところで、クロノが状況の説明を促すと、アリアフィーネは蕩けたような表情、そして甘い声で語り出す。


 アリアフィーネの話によると、彼女はとある目的で旅を続けていたそうだ。そしてその旅が終わった帰り道に、先ほどの野盗に襲われたらしい。


 彼女自身も強力な護衛をつけていたのだが……野盗が操っていたモンスター、グレートファングは非常に強力なモンスターであり、護衛ですら歯が立たなかった。


 そこで現れたのがクロノであり、アリアフィーネを危機一髪のところで救ってくれたクロノは、彼女にとって救世主……というわけである。


「なるほど、何となくの事情はわかった。とりあえず歩くとしよう。その前に、この野盗たちは……念の為に息の根を止めておくか」


 いつまでも戦う力のない少女と一緒に、モンスターが現れるような場所で過ごすのは危険だ。

 都市が近ければ、野盗を然るべき場所に突き出すことも可能だが、まだまだ目的地ははるか向こうだ。

 かといって放置するのはあまりに危険なため、気絶した野盗たちを《聖獣剣》で手際よく始末していく。


「そういえば、自己紹介をしてなかったな。吾輩の名はクロノだ」


「クロノ様……ステキなお名前です。それにとっても愛らしい容姿をしてらっしゃいます……」


 歩き始めたところで、クロノが軽く自己紹介すると、アリアフィーネはまたもや蕩けた表情を浮かべる。


「あの、クロノ様……? もしかして、わたしを都市まで送ってくださるおつもりなのですか?」


「む? 当たり前であろう。少女をこのような場所に放置などできまい」


「ああ……っ、お強いだけでなく、こんなにも優しいなんて……」


 アリアフィーネの表情がさらにとろんとしたものに変わる。

 そして彼女はそのままクロノの腕に自分の腕を絡ませ、その豊満なバストを、むにゅん! と押しつけてきた。


【アリアフィーネの好感度が好意から恋慕に変わりました。子づくりを前提とした性交渉が可能となりました。イキましょう】


(ええい! やかましい! 少しは黙っていろ!)


 頭の中に、またもや響くカレンの要らぬ情報に、クロノは頭の中で怒鳴り返す。


(だが、そうか……子づくりか。前世では人々のための戦いに明け暮れていたから、そんなこと考えもしなかったが、案外悪くないのかもしれんな……)


 アリアフィーネの美しい顔を眺め、そして腕に伝わる柔らかさを感じながら、クロノは薄っすらとそんなことを思うのだった――


 ◆


「クロノ様、今日はここで休みましょう」


「そうだな、陽も傾いてきたことだ。休むとしよう」


 歩くことしばらく――


 街道沿いに一軒の木でできた小屋が現れた。

 灯りもついておらず、鍵もかかっていない。

 おそらく旅人が休息するために造られたものであろう。


 クロノはまだまだ疲れを感じていないが、夜は視界が悪く、その上モンスターが活性化するので危険だ。

 アリアフィーネを連れてそんな中を歩くのは遠慮したいということで、一晩をここで過ごすことにする。


「ふむ、わりとキレイではないか」


「そうですね、でも……ベッドがひとつしかありませんね……♡」


 中を見渡せば暖炉にテーブルと椅子、そして部屋の隅にベッドがひとつ。

 なぜかその光景を見て、アリアフィーネが嬉しそうな表情を浮かべるのだが……クロノは「……?」と意味がわからない様子だ。


 テーブルの上には蝋燭とマッチがあった。

 おもむろにアリアフィーネが蝋燭に火を点ける。


 蝋燭の火に照らされて、アリアフィーネの長い髪が砂金のように輝き、アイスブルーの瞳がより透き通って見える。


(ふむ、美しいな……それに、やはりアリアに似ている……)


 クロノはベッドに腰掛けながら、幻想的なアリアフィーネの容姿を眺め、思わずそんな感動を抱く。


 そんなクロノの様子に気づいたのだろう。

 アリアフィーネが「ふふっ……」と小さく笑いながら、クロノの隣に腰掛けた。


「クロノ様、わたし……今とっても〝えっちな気分〟なんです……♡」


「む、むぅ……」


 アリアフィーネの言葉に、クロノは呻り声を出すことしかできない。


 無論、アリアフィーネの言葉が本当なのは、カレンが教えてくれた要らん情報で知ってはいる。


 だが、こうして面と向かい合って、そのような言葉を紡がれるとベヒーモスとはいえ……否、そういった経験がなかったベヒーモスだったからこそ、緊張してしまうのだ。


「アリアフィーネよ、なぜ吾輩にそんなことを伝えるのだ?」


「わたしの命を救ってくださったクロノ様が愛しくてたまらないからです! それにあの強さ……強い殿方に惚れてしまうのは女として当然です。そしてその幼くて愛らしい容姿……大事なトコロがキュンキュンしちゃいます……っ♡」


 即答であった。

 即答するとともに、アリアフィーネは頬をピンクに染め、程よくむっちりとした太ももをモジモジと擦り合わせる。


「わ、吾輩はそういった経験がなくてだな……」


「ふふっ……可愛いっ……♡ 大丈夫ですよ、クロノ様。わたしも経験はありませんが、知識だけはあります。〝色々〟教えて差し上げますから……ね?」


 言い篭るクロノに、アリアフィーネは体の柔らかな部分を押し付けながら、ゆっくりと顔を……唇を近づけてくる。


(少女が……吾輩を求めて、ここまで正直な気持ちを伝えてきてくれている。吾輩も人間の雄に転生した。こういったことには前々から興味を持っていた。――ここでいかなければ男が廃るのでは……?)


 目を細め、美しいピンクの唇を近づけてくるアリアフィーネを前に、クロノはそんなことを思う。


 興味もある。純粋で、優しき獅子は目の前の少女の想いに応えてやりたいと思ってしまった。


 そして目の前の美しい少女を、今は亡き友と重ね合わせてしまった。


 何とも可愛らしく、そして妖艶な彼女に、ベヒーモスのベヒーモスがベヒーモスしてしまう。


 そして、部屋の中に……ちゅっ――と、唇が重なり合う音が響く。


 今夜の出来事が、後にとんでもない事件を引き起こすキッカケになろうとは……。この時のクロノに、知る由もなかった。

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