第25話・押しかけ女房

文禄五年(1596) 十月二日、夢の木屋


二日間猛威を振った野分けが去った。

ガラガラと雨戸を開けると、煌びやかな朝日が暗かった店の中に一杯に差し込んできた。


(眩しい・・・)

久し振りに見る太陽の光りの眩しさに、俺は目を閉じた。眼膜に太陽の残像が残っている。ん・・外に誰かいたようだった。通行人か?


ゆっくりと細めに開けた目に、二つの影が見えた。大小の影が並んで戸口に立っているようだ。影・・、志乃さんと千代ちゃんだ。


 だけど何かが違う。何故か二人共挑むような目で俺を見ている。それに二人共、背には風呂敷包みを背負っている。まるで旅に出た母子ではないか・・・


「おお、朝から来てくれたのか」

「はい、朝餉の用意をします」

「あさげ、もうちょっとまちゅなさい」

 二人はそう言うと、さっさと奥に入っていった。背の風呂敷包みにはいったい何が入っているのだろう?


俺は表戸を開放して、久し振りの太陽の光を店に取り込んだ。隣近所もそうしている。


「おはようございます。大変でしたな」

隣の桶屋の芳造が、嬉しそうに言う。久し振りの陽の光に自然に笑みが出るのだ。


「夢の木屋さん、朝から来客ですかな」

向かいの飾り職の華丸屋が声を掛けてくる。

「いや、身内です」


「奥さんとお子様かの?」

「・・まあ、そのような者です」

俺は否定出来なかった。それに二人の様子では、どうも・・・


「まあ、夢の木屋さんは独り者だと思っていたのに、くやしい・・」

斜め向かいの膳屋の女房・おみのだ。二度ほどおかずの差し入れをしてくれた気の良い女だ。


「朝っぱらから何言ってやんでえ。夢の木屋さんほどのお人に焼き餅焼いてどうする」

 桶屋の隣のとび職の謙吉が、威勢の良い声を上げる。


「そうだよね。松の丸様がお祝いに訪れるお人だ。うちの宿六とは比べものになんないね」

「誰が宿六だい!」

 膳屋の進右衞門が顔を出して、おはようござると挨拶を交わした。


ここは、材木町に近い職人が多く住む町だ。隣近所も殆どが職人達で気兼ねの入らない所だ。

 道には草や葉っぱ・枝や屋根に使われていたであろう板きれが散乱している。それを掃除する。自分の店の前は自分でするのだ。

 ついでに隣の空き地の草も刈る。伏見屋でもそれぐらいの鎌は置いていたのだ。草を刈るとなれば結構な手間だ。全部刈り取るのに半刻はかかった。


「秋山ちゃま、あさげです」

 丁度良いタイミングで、千代坊が呼びに来た。

 用意された膳の前に座った俺の前に、志乃さんが姿勢を改めた。千代坊もその隣でしおらしく畏まっている。


「竜之介様、どうか私たちをここに置いて下さい」

と言って平伏した。千代坊もそれを真似る。

うむ、やっぱりそうきたか。


「どうしたのだ?」

「はい、国元からわたくしに縁談がありました。それを断って屋敷を出てまいりました。もう、私たちには帰る所がありませぬ」


「そうか。ところで、甚衛門さんは二人がここに居るのを承知か?」


「はい、ご存じです」

「ならば二人がここに住むことは構わない。少々狭いが、そのうちに広くする予定だから」


「ありがとうございます。何でも出来る事はお手伝い致します」

「うん、頼む。とりあえず二人の生活に必要な物を買って来なさい」

 俺は、行李から適当な銭を出した。そしてちょっと考えて、さらに二貫文ほど渡した。


「こっちの銭は、俺も含めたひと月生活するための銭だ。預けておく」

 これから毎日の飯や必要な物も志乃さんに頼むことになるのだ。

二貫文は。人夫の手間賃五十文が三十日分に少し上乗せした金額だ。これから俺の管理するのは、仕事に関わる銭というわけだ。


「はい、お預かりします」

「では、朝餉だ。一緒に食べよう」


「あまり驚かれないのですね・・」

 自分たちの分を用意した志乃さんがぽつりと言う。


「そりゃそうだ。荷物を背負い真剣な目をした二人だ。まるで旅に出た親子だった。その二人が来たのだ。誰でもそれくらいは想像しよう」

「ふふふ」


「ところで、他の荷物はどうするな。私が引き取りに行ってもよいぞ」

「それには、及びませぬ。明日行きます」


ふむ、落ち着いてから引き取りに行くと言うことか。それはそうか。いきなり大八車で押し掛ける、という訳にはいかなかったのだろう。

ん・・待てよ。志乃さん、小鼻が膨らんでいるぞ・・・。まさか何かぶっ込んだか?



店には野分けの間に作った脚立が並んでいる。

二尺(60cm)が三つ、六尺(180cm)が三つ、八尺(240cm)が四つある。仕事で使いやすいのが六尺と八尺で、二尺は踏み台替わりの家庭用だ。伏見屋に二つずつ、英蔵親方に八尺を持って行く。店には一つずつ残す。


「では行って参る」

「行ってらっしゃいませ」

「いってらっちゃいませ」


二人に見送られて、店をでた。何だか俺も所帯じみてきたな。

総髪で刀を差した男が、大八車いっぱいに荷物を乗せて引いている。

俺の見た目・・・大丈夫かな・・・?

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