するってぇと何かい!?悪役令嬢に転生したってぇのかい!?
長埜 恵(ながのけい)
第1話
「一体どういうことでぇ、それは!」
「お、落ち着いてくだせぇ、アニキ! あっしもたった今、記憶が戻った所でして!」
金色の巻き毛を揺らす乙女に詰め寄られ、冴えない庭師はアワアワと両手を振った。乙女は腕を組み、フンスと宙を睨む。
「しかもなんでぇ、このケッタイな“べべ”はよぉ! これじゃ釘の一本も打てやしねぇ!」
「打たなくていいんです、アニキ! アニキは今、ハチリアーヌ・ジャスコ嬢でごぜぇやすから!」
「だからなんでぇ、そのハッチョリジャカジャカってなぁ!」
緑のドレスを翻し、よく通る声の乙女は怒鳴り立てる。
――この可憐なる女性の身に、一体何が起こったのか。
元を正せば、庭師の男、グマニス・ザラストイが突然ハチリアーヌの前に姿を現した事に端を発する。曲がり角で避けきれなかった彼女らは、額をかち合わせて昏倒したのだ。
鈍い痛みと、目の奥に走る閃光。しかしその瞬間、二人に同じ異変が起こった。
なんと、前世で江戸っ子だった頃の記憶が蘇ってしまったのである。
「オレァ確かに、枝の上に座ってノコギリ引いてたと思ってたんだが……」
徐々に落ち着いてきたハチリアーヌは、たおやかに膝を揃えてその場に座り込む。
「そこから先の記憶がさっぱりねぇんだ。クマ、オメェは何か知ってるか」
「へぇ! あっしはその下で枝を待ち構えていたんですが、空からアニキが落ちてきた後の記憶がありやせん!」
「オメェそりゃオレに潰されて死んでんだ。悪ぃ事をしたな、クマ」
「終わったことです!」
何のしこりもなく元気いっぱいに返事をした庭師グマニスの前世の名前は、熊五郎。ハチリアーヌの前世――大工・八五郎の弟分である。
ハチリアーヌ(八五郎)は己のきめ細やかな頬に手を当て、ため息をついた。
「……で、なんでぇその乙女ゲェムってのは」
「へぇ! 一人の女性を巡って、沢山の男が取り合いをするのを眺めて楽しむもんです!」
「歌舞伎みてぇなもんか。悪役令嬢ってのは?」
「その敵役(かたきやく)でごぜぇます!」
「つまりオレは、悪役になっちまったってェワケかい」
「さっすがアニキ! こんな短時間でここまで分かってくれるたぁ!」
「そんでどうしてオメェがその事を知ってるんでぃ」
「えへへ……実はあっし、グマニスになる前に、熊野熊五郎というサラリーマンに転生しておりやして……」
「なんだと?」
聞けば、こういう事であるという。
事故で死んだ江戸っ子の熊五郎は、その後熊野熊五郎という現代日本のサラリーマンに転生した。そこで乙女ゲームにドハマりし、寿命を迎えてグマニスに生まれ変わったというのである。
曰く、ここは彼のクリアした乙女ゲーム『トキメカル☆オズミカル』の世界観そのままであるとのことだが……。
「まさか、女に生まれ変わっちまうなんてなぁ」
ハチリアーヌは顔をしかめ、ふんわりとした巻き毛を指に巻き付けた。
「どうすりゃいいんだ、こいつぁ」
「無事に天寿を全うするのが一番でさぁ、アニキ!」
「まぁなっちまったもんは仕方ねぇか。オメェもいる事だし、せいぜい大工の口を探して……」
「や、アニキは上級魔法学園に行くことになっておりやすので、大工にはなれませんぜ!」
「何ぃ?」
綺麗に整えられた眉をひそめる彼女に、庭師は説明する。
ここは魔法の国、オズミカル。住民の殆どが魔法を使うことができ、ある一定以上の魔力量の者は上級魔法学園に通うことになっている。この魔力量は遺伝するので自然と学園には名家が集まるのだが、ハチリアーヌはまさかの魔力ゼロ。しかしジャスコ家の第一子にして長女である彼女に学園に入らないという選択肢は無く、恥をかくのを恐れた両親によって無理矢理入れられることになったのだ。
「しち面倒くせぇなぁ!」
「あっしもそう思いやす!」
「そんで、ここからどうなるってんだ。クマは知ってんだろ?」
「へぇ! 実はこのゲームにはミラーノってぇ町娘がいるんですが……」
「おう」
「こいつがとんでもねぇ魔力を持ってやがるんです。しかし魔力を持ってねぇハチリアーヌ、このミラーノが憎くって仕方ねぇ。そんでテメェが偉いのをいいことに、その娘を脅してあたかも自分が魔法を使えるように見せようと企んだってェわけです」
「なんてこったい! ふてぇ野郎だぜ!」
「アニキ! アニキのことです! ところがどっこい、お天道様ってのは見てやがるもんだ。ハチリアーヌの悪事に気づいた王子が皆の前で大バラシ、悪ぃ女は投獄され、ミラーノは自分を助けてくれた王子と夫婦(めおと)になるんでさぁ!」
「そりゃあ胸のすく話だな! やっぱし敵役はコテンパンにされねぇと!」
「アニキ! アニキのことです!」
ここでグマニスは、ふと日に焼けた腕を組んで首を捻る。
「……しかし、するってぇとアニキは最後、投獄されることになるんですかねぇ」
「あ、そうか! オレはハチリアーヌってぇ女じゃねぇか!」
「どどどどうしましょう! せっかくアニキに会えたってぇのにまた離れ離れなんて、あっしは嫌ですよぉ!」
「男が泣き言言うんじゃねぇ! ……大丈夫だ、オレにいい考えがある」
ハチリアーヌは、花びらのような唇をにんまりと歪ませた。
「そのゲームとやらは、魔法学園に行きゃあ始まるんだろ? ならおっかぁとおっとうに話して、行くのをやめちまえばいいんだ!」
「さっすがアニキ! それなら問題ありやせんね!」
「おう! そうと決まりゃあ善は急げだ。おっかぁの所へ行ってくる!」
「アニキ! 学園行きが取りやめになったらお庭でお祝いしましょうね!」
「おう! アップルティーとジンジャークッキーを用意して待っていやがれ!」
今生の記憶が混濁する麗かな乙女は、令嬢とは思えない速度でその場を後にした。
そして、その二時間後。
「ダメだったぜ」
「アニキ!!!!」
もの凄い剣幕で両親に反対されたハチリアーヌが、しょんぼりと帰ってきた。
ハチリアーヌ・ジャスコ、十六歳。明日、魔法学園の入学式である。
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