お前トロすぎるんだよ

ちびまるフォイ

ゆっくり、生きていくのは、つらい

「ったく、まーーた雑草生えやがって」


むしってもむしっても家には雑草が生えてくる。

もうどれだけ除草剤使ったかわからない。


「このクソ雑草め。消えちまえばいいのに」


草を踏みつけてグリグリと押し付けた。

そんなことをしているとき電話が鳴る。


「もしもし?」


『もしもしじゃねぇよ。何時だと思ってる。

 集合時間とっくに過ぎてお前待ちだぞ』


「えっ?」


腕時計を見て驚いた。


「ごめん。すぐいくわ。なんか時計遅れてたみたいで」


『なんでスマホあるのに腕時計で時間見てるんだよ』


「ほっとけ! 腕時計かっこいいだろ!」


マップアプリで目的地までの乗り換えとルートを確認する。

到着まで10分とある。


「10分なら大丈夫だろ」


電車に飛び乗り到着したのは20分後だった。


「遅いぞ! なにやってるんだ」


「ごめん。なんか電車が遅くって」


「はぁ? 別に遅延してないぞ?

 すぐバレる嘘つくんじゃねぇよ」


「そんなはずは……」


その日はしこたま怒られ続けた。

いつまでもいつまでも説教の時間が続いているような気さえした。


翌日、珍しく目覚し時計よりも早く起きた。


しっかり寝た実感から遅刻したんじゃないかと焦ったが、

時間を見てみるとまだ早朝だった。


「めちゃめちゃ寝た気がするのに午前5時!?

 もう一眠りできるかも」


ふたたび布団に入って二度寝した。

次に目を覚ましたのはその30分後。


「……うそだろ!? すごく寝た気がするのに時間が経ってない!」


時計が壊れたとか夢オチだとかを警戒したが、そのどれでもなかった。

時間がゆっくり過ぎている。


時間はたっぷり使いながら朝自宅を整えて家を出る。

こんなに早く起きたのに、会社には遅刻して上司は怒っていた。


「君ね! 遅刻するなんて社会人としての自覚が足りないよ!」


「どうもすみません……普段は20分でつくのに

 なぜか今日は1時間もかかってしまって」


「君は通勤経路がひとりでに伸びたとでも言うのかね!

 言い訳するにもひどすぎるぞ!!」


「ところで部長」

「なんだね」


「どうしてそんなにゆっくりお話になるんですか」


「君はっ、人の気持ちをっ、逆なでしないとっ、話せないのかーー!!」


怒る上司の言葉もどこかゆっくりに感じる。

言葉を噛み締めさせるためにあえて言葉を置くように話しているのか。


翌日も、その翌日も、日を追うごとに早起きになっていった。


「ご、午前3時……? もはや深夜じゃないか。

 なんでこんな時間に目を覚ましてるんだ? ストレス?」


いくら二度寝しても三度寝しても朝日がさしてこない。

不眠症にでもなったのかと心配になる。


「あ、あれ……体が……遅いぞ……?」


ベッドから体を起こそうとしても起き上がるのに時間がかかる。

頭ではすでに立ち上がっているはずなのに、体はまだ上半身を起こしている。


たっぷり時間をかけて起き上がる。

一歩歩くのに、右足を出し、足を上げて、とひとつ動作が重く遅い。


「いったい……どうなって……」


スマホを取ろうとして指がぶつかってしまった。

机に置いていたスマホが地面に落ちるまでの軌跡が見えるほどゆっくり落ちていく。


「遅く……なってる……!?」


地面に落ちたスマホは角から亀裂が入った。

その亀裂が伸びていく様子も観察できるほど遅くなっていった。


どうして日に日に早起きになったのか。

どうして同じ道程を遅刻するようになったのか。


それはみんな遅くなっていったからだと気がついた。


毎日どんどん遅くなっていく。

これ以上低速になっていったらどうなるのか。


「まず……い……動けるうちに……動かないと……」


スローモーションのようになった体を動かしながら、

徒歩5分の道のりを5時間以上かけてコンビニへたどり着く。


保存食を買い込んで家までの道のりをまた戻ってゆく。


「く……そ……遅い……なんで……こんなに……」


体は遅いのに頭は等速で動くため、エネルギーを使ってしまう。

家になんとか戻るとカップ麺を作るためにお湯を沸かす。


「お……そ……い……!」


火の通りも遅くなっている。

いつまでたってもお湯は湧いてこない。


お湯を注いでもお湯の落ちる速度が遅いのでなかなか貯まらない。

フタをして3分待ったころには餓死してしまいそうだ。


「だめ……だ……がまん……で……き……な……い……」


もはやただお湯を注いだだけのまま、

割り箸を割る動作すらせずに指ですくい上げようとする。


熱いと脳に伝達されるのも遅い。

半固形の麺がすくい上げられてゆく。


けれど一向に口へとたどり着かない。

空中で静止しているようだ。


(うそだろ……ますます遅くなって……)


目の前にある食べ物はコンマ1秒ごとに数ミリしか動かない。

その数ミリの移動も時間とともに遅くなってゆく。


「あ…………あ……」


体はほぼ静止した状態に等しくなった。


剥製同然となったまま頭ではこれからどうしようかと

いつまでも食事が取れない頭だけが回っている。


同じ場所を見続ける瞳には窓が映っていた。


窓の外ではぐんぐんと成長しつづける雑草が見える。


(やめろ……こっちへ来るんじゃない!)


頭で必死に考えても体はまだ食事の動作すら完了していない。

通常のスピードで成長する雑草はやがて家へと侵食してゆく。


(だれか!! 誰か助けてくれーー!!)


カップ麺を食べるポーズのまま庭の雑草に囲まれてゆく。



やがて、大きな養分を得た雑草はすくすくと成長していった。

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