第20話

「これで希望者は全員かな?」

 治療希望者の列の最後尾の人を治した後、僕は診療室の外に出て、待ち合い室を見回した。

「そうなりますね……。しかし、こうも簡単に治されちゃ、医者はあがったりですよ」

 お医者さんはちょっと皮肉めいた口調で言った。

「……ははは。すみません」

「まあでも、△△さんのその光を調べたら、今はまだ治せない病気でも治せるようになるかもしれませんし、治せないにしても治療の糸口くらいは見えるでしょう。それに、患者さん第一ですからね」

「ありがとうございます」

「医療は日々進歩していますけど、珍しい病気はどうしても治療法を見つけるまでに、何人もの犠牲者が出てしまいますからね。その方たちが助かるのは良いことです。幸いな事に△△さんは一人ですから、医者が生活できなくなる事もなさそうです」

「それは、良かった」

「しかし△△さん、指名手配されてるらしいですね」

「はい……。前に詐欺の疑いをかけられていたのに加えて、☓☓教が警察署を爆破する時に、僕の名前を上げて予告したらしいですからね。仕方ないといえば仕方ないですね。やってませんけど」

「犯行予告の声に△△さんが入っていたらしいですね。名前も言ってましたし」

「簡単について行ったのが悔やまれますね」

「あそこ、前々から怪しいと思ってましたけど、まさかあんな事までするとは驚きましたね」

「そうですね」

「そう言えば、──病院から連絡が無ければ、△△さんが来ても門前払いか警察を呼ぶところでしたよ。ま、横柄な態度だったら知っていた所で警察呼ぶつもりでしたが」

「……今、少しヒヤリとしました」

「お気になさらず。こうして何事も無く受け入れているわけですからね。一応ですが、近隣の病院にも△△さんの事は回しておきますよ」

「助かります」

「△△さん」

 元々☓☓教に入っていて、今は僕の協力者となった女性"++さん"だ。++さんは車で送ってくれたり、患者さんの移動を手伝ったり、飲み物を持ってきてくれたりしている。ここに着いた時初めは渋っていたお医者さん達に、せめて患者さんから意見を聞きたいと説得したけど、その時一緒に頭を下げてくれた。

 ちなみに素性は隠して、僕の協力者で友人と言う事にしている。多分、素性がバレれば即刻だからだ。彼女も明日までは捕まらずに協力者でいてもらいたい。命令とは言え、人を死に追いやったり、目障りになった団体のお金を横領したりしたらしいから、明日には自首して罪を償って貰うけど。本人もそのつもりらしいし。

「何ですか?」

「あの、会ってもらいたい人がいるんですけど……」

「誰ですか?」

 僕が聞くと++さんが周りを見回した後、耳打ちをして伝えてきた。

『例ので私が怪我をさせた方です。自分勝手で恐縮ですが、治してもらえませんか?』

 殆どの人が戻って行ったけど、

『希望した人は全員治したはずですけど、その方は治りたいと思ってるんですか……?』

 僕も小声で応対する。

『△△さんに無礼な事をするなと骨を数本折りました。それに、今度の事を誰かに言おうものなら、どうなるか分からないと念を押したんです』

『なら、希望しないのも頷けます。でも、勝手に人の名前を出して人を脅すなんて、なかなか迷惑な話ですね。しかも暴力までふるって』

『申し訳ありません……。相応の罰は受けるつもりです』

「…………分かりました。でも、治すかどうかはその人次第ですけど良いですか?」

 誰が危害を加えたにせよ、治したいのに治せないとあらば酷い話だ。無礼が何か知らないけど、僕は五体満足で生きているし、助けるのは僕としては何も問題ない。

「それで構いません」

「行きましょう。どっちですか?」

「こちらです」

 ++さんは僕を一つの病室に案内した。

「ここですね?」

「はい」

 壁に掛けてある名札を確認すると名前は一つ。どうやら一人用の病室のようだ。

「すみません。今入っても大丈夫ですか?」

 僕はノックした後、入室してもいいかを訊いた。

『…………は、はい』

 少しの沈黙の後、返事が帰ってきた。

「失礼します」

「ん、誰だ…………? え、ひぃっ!?」

 僕達の顔を見た瞬間、その人は片腕で頭を覆って怯えだした。僕の名前を言って脅していたのなら、この反応もおかしくないけど少し傷つくな。

「あの、この方は誰ですか?」

 顔が見えないと誰だか分からないので、++さんに確認する事にした。

「芸能人の──さんです」

「──さんと言えば、結構有名な芸能人ですよね? あの人の演技結構好きでしたけどね、なかなか味があって。僕を詐欺師だーって言って、凄い批判してましたけど……」

「はい、その人です」

「そうでしたか」

 そう、僕や〇〇さんの事を詐欺師だと言った大物芸能人。この男の人が強く叩いた結果、〇〇さんに対する嫌がらせがヒートアップして自殺まで追い込んだんだ。〇〇さんに比べれば大した事無いかもしれないけど僕も被害を受けた。

「でっ、出ていってくれ! 俺はもう何もしちゃいない……。勘弁してくれ〜……!」

「あの……」

「やめ、近づくな、近づかないでくれ……。ああ、頼むから……!」

「あの、話を聞いてください」

「これ以上何を話すっていうんだ? もう、放っておいてくれ……」

 どれだけの事をすればここまで怯えるんだ?

 僕が後ろを向いたら、++さんは僕に対して何度も頭を下げて謝った。

「とりあえず、謝るのはあの人にでしょ? 今はまだ怯えさせるだけだから、一旦病室から出ていてください」

「……わかりました」

 実際の加害者である++さんには病室の外に出てもらった。

「何であいつは出ていったんだ? また、俺に何かするのか……? ああ、お終いだ。ふぐぅ……、何なんだ、普通あり得ないだろ、怪我とか病気が一瞬で治るなんて……。わからないだろ……」

 芸能人の男性は顔を抑えて涙を流している。

「あの、はじめまして。知っていると思いますが僕は△△です。怪我を治しに来ました」

 僕はベッドの横でしゃがんで、ゆっくりと落ち着いたトーンで話した。

「治す? 何を言っているんだ……? お願いだ、俺はあれ以来何もしてない。だから、殺さないでくれ……。死にたくない、死にたくないんだ」

「分かってます、分かってますから。僕が貴方に危害を加える事は一切ありません」

「……本当、か? そうやって近づいて……、また、俺を殴るつもりなんだろ……?」

 男性が頭と顔を覆っていた手を退けると、そこには痛々しい傷がついていた。傷から察するに、殴ると言っても手や鈍器というより、鋭利な部分が付いている何かだろう。言われれば何となく誰なのか判りそうではあるけど、もう殆ど顔を判別できない。それに足はギプスを付けていて、手や腕も固定されているし、シャツからは赤黒い痣が覗いている。このままじゃ、テレビに再度出るのは難しそうだ。

「本当です。僕、貴方の演技すきだったんですよ。暴力なんか振るうわけないじゃないですか」

「しかし、俺は今、こうして怪我をしてる……」

「はい。分かっていますよ。実はね、僕も貴方も被害者なんですよ」

「何を……? え、……どういう事だ?」

「僕、騙されたんですよ、☓☓教に。優しい言葉で教団の拠点に誘われたんです。一度は信じましたけど、気付いたら僕の名前を勝手に使って爆破予告をして、知っているかもしれませんが、警察署を実際に爆破しました。それによって、三人の警察の方が亡くなり、二十人以上も怪我人を出したんです。残念な事に、今や僕は指名手配にされてしまいまして……」

「…………そうか。……あんたも大変なんだな」

「気を遣って頂いて、ありがとうございます」

「……でも、俺を襲った女が一緒にいただろ? どういう事だ……?」

「単刀直入に言いますと、今は協力者として付いてきてもらっています」

「どういうことだ?」

「☓☓教は今まで貴方に危害を加えた以外にも、何度となく悪事を働いてきたんです。そして、明日に至っては僕の通っていた中学校を爆破するつもりなんです。そんな人達を見過ごせません。だから今、彼女には協力してもらっているんです。ちなみに、一段落したら彼女は自首するつもりですよ」

「ニュースで少し聞いたな。犯行予告が出されたって。あんたの母校だったか……。嫌な感じだな」

「……そうですね」

「で、その女は信じられるのか? また、騙されたりしないのか?」

「正直に言えば、わだかまりが無いと言えば嘘になります。でも、現に協力してくれてますし、☓☓教のやった事や名簿の入ったファイルを渡してくれました。態度も初めてあった時に比べて冷淡じゃなくなりました。だから信じてみようと思ったんです。まあ、全て演技だとしたら、僕はお終いですけどね」

「一人でどうにかできないのか」

「僕一人で行動して、中学校に辿り着く前に警察に捕まってしまえば、救える命も救えなくなりますし、ファイルが無ければ☓☓教の殆どが証拠不十分でまともに取り合ってくれないでしょう。警察に捕まらなかったとしても、次は☓☓教の便利な駒になってしまいます。だからこの選択で上手く行ってくれないと、どの道を行ったとしても、僕はお終いですから同じ事です」

「あんたも大変だな……」

「そうですね……。こんな事になるとは思いませんでした。……人の残念な部分にも触れましたけど、良い部分にも触れる事ができましたよ」

「…………そう言や、あんた本当に怪我とか治せるのか? 本当に詐欺じゃなかったのか? 今でも信じられないんだが……」

「治せますよ。貴方の希望さえあれば今すぐにでも」

「そうか。俺は希望しなかったが、何でわざわざここに来たんだ?」

「今は病室から出ていますけど彼女が、……++さんが治して欲しいと言って来たんですよ。僕は直接意見を聞いて、それでも希望なされないなら治さないという選択肢もありましたが、できれば治したいと思っています」

「じゃ、すぐに治してくれ。仕事道具に傷跡が残ったんじゃ、上がったりだからな」

「彼女は中に入れますか? 謝りたいと言ってますけど……」

「……いや。治してからだな」

「わかりました。では、治しますね」

 僕は男性に手をかざして光を当てた。

「おお……。本当に治っていってるな。傷が修復されていくのは虫でも集ってるみたいで気持ち悪いけどよ、温かくて心地良いな」

「はい。終わりました」

 男性は腕を回したり、足を曲げ伸ばししたりして状態を確かめる。

「そこの鏡、取ってくれ」

「どうぞ」

 僕は台上に乗っていた。倒された鏡を取って渡した。

「…………ほう。……良かった。本当に治ってるじゃねえか……」

 男性は顔の隅々まで眺めていた。

「大丈夫ですか?」

「そうだな。世の中にはまだ、知らない事があるもんだな」

「そうですね」

「すまなかったな。詐欺師扱いしてよ……」

「いいんですよ、もう。それに、それどころじゃないですし」

「それもそうだけどな、ケジメは付けておきたかったんだ」

「もう気にしていません」

「そうか。悪いな」

 暫し沈黙が流れ、目線を空に彷徨わせた後、男性が思い出した様に言った。

「…………そう言えば、謝ってくれるんだったな? なんだっけ、++だったか? 中に入れてくれ」

「わかりました」

「あ、待ってくれ」

 立ち上がって扉に向かおうとしたら、男性が僕を呼び止めた。

「何ですか?」

「……△△君だったな。ありがとよ、助かった」

 男性ははにかみながら言った。

「当然の事をしたまでですよ」

「あんたが俺に怪我させたわけじゃない。にもかかわらず、わざわざ出向いて治してくれたんだ。△△君、それは素晴らしい事だ。誇って良い」

「ありがとうございます」

「ああ。……じゃ、呼んでくれ」

 僕は扉の外にいた++さんに声を掛け、中に入るように促した。彼女はひとつ頷いて、深呼吸したあと病室に入った。

「……大変失礼致しました」

 病室に入るとすぐに++さんは土下座をして、男性に謝罪した。

「単刀直入に言う。俺はあんたを赦す気はない」

 男性はきっぱりと言った。++さんは変わらず深々と土下座をしたままだ。

「正直、同じ目にあって欲しいとまで思っていた。あんな事をしたんだからな。でも△△君が俺を治してくれた。詐欺師扱いしたにも拘らず、気にしないなんて言ってくれた。だからな、△△君の顔を立ててそんな事は言わないつもりだ。俺はな、今でもあんたが怖い。……顔も見たくない。だから、今後俺の前には現れないでくれ。……それが飲めるなら、もう責める事はない。……いいか?」

「はい。……ありがとうございます」

「じゃあ、出ていってくれ」

「はい。では、失礼しました」

 ++さんは立ち上がって深々と頭を下げて、病室を後にした。

「では、僕も行きますね」

「ああ、そうしてくれると助かる。俺も早く検査してもらいたいからな」

 男性は口角を上げながら言った。

「すぐ復帰ですか?」

「そのつもりだ。△△君に見限れない様に演技に磨きをかけないといけないからな。最近、練習サボっていたしな」

「そうだったんですか?」

「忙しかったのもあるけど、そこそこ上手くなって、満足してたんだろうな。誰も口出ししないし……。まあ、今後の俺の活躍を見てくれ、後悔はさせないから」

「楽しみにしています」

「なあ、△△君。指名手配って解除されないのか?」

「どうでしょう? 一応、警察に直談判? するつもりですけどね。認めて貰えるかは分かりませんけど」

「そうか、上手く行くといいな」

「はい」

「そうだ、△△君。出られたら、放免されたら、一緒に飲みに行かないか。俺の奢りだけど、どうだ? いい店知ってるんだけど……」

「……良いですね、行きましょう」

「良かった。じゃあ……、またな」

「はい、また」

 僕達は互いに手を振った。そして、軽い笑顔を見せた後、僕は病室を後にした。

「ありがとうございました」

 病室の外で待っていた++さんが、僕が出てきたのを確認するとこちらにやって来た。

「いえ。他にああいった人はいないんですか?」

「今回は偶然あの方がいらしたのを知ったので声をかけさせて頂いたんですが、残念ながら殆どの方の行方を知りません。それに、これ以上△△さんに迷惑をかけるわけにも……」

「それは近くですか?」

「え?」

「流石に何日もかかる場所だと行けませんけど、近くなら行ってしまいましょうよ。次はいつになるかわかりませんし」

「良いんですか? 明日はきっと大変なのに」

「できる事はしておきましょう。すぐ近くにいたのに無視してしまったら、悔いが残ってしまいますよ」

「……ありがとうございます。近くにいるか調べますので、お待ち頂いてもいいですか?」

「分かりました。じゃあ、僕は飲み物でも買ってきますけど、その後車に戻ればいいですかね?」

「はい。それで大丈夫です」

 そして僕は、一旦++さんと別れて飲み物を買いに行った。

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