第6話
「良かった」
時間が良かったのか、あたりは静かで人通りも殆ど無い。住宅街だから自動販売機がなかなか見当たらないのが残念だけど。すれ違う人も僕を別段気にする様子もなく、自分たちの事に集中しているみたいだった。遅刻しそうな人、買い物帰りの人、散歩する人、ゴミ出しする人等々。
自動販売機が無かったので、通りすがりにあったガソリンスタンドで給油した後、僕は近くのスーパーに寄ることにした。ついでに食べ物も補充した。カバンに入らないから、あんまり買えなかったけど。
硬いベンチで寝たからか疲れが出てしまっていたので、イートインスペースで少し休憩しようと思ったけど、それはやめることにした。何人かに僕の顔をジロジロと見られたからだ。もしかすると、ワイドショーでも見て僕が話に上ったのかもしれない。そうじゃないかもしれないけど、変に騒がれても困る。
そう思って駐車場に出た時だった。
「ねえ、あなた! 詐欺師よね!」
妙齢の女性が話しかけてきた。初めから犯罪者と決めつけている様子だ。
「詐欺なんてしていません」
ここで逃げれば無駄に噂が加速するだけだ。狭いコミュニティでも、放っておけばその内大きなコミュニティに広まってしまう。だから、機会があれば少しでも誤解を解く必要がある。その先に何があるかは分からないけど。
「嘘ついても無駄よ。テレビで言ってたんだから。あんたもそれにあの女も、子どもを使って金稼ぎなんて卑怯よね。私は募金してないけど、しなくて良かった。初めから怪しいと思ってたんだから」
「いや、だから詐欺なんてしてないですって!」
「じゃあ何? あんな嘘くさい魔法みたいなのが現実で出せるって言いたいわけ? 頭おかしいんじゃないの!」
「そうです。使えます。でも、今まで騒ぎになりたくないから隠してただけなんです」
「はあ!? 本当にそんな力があるんなら、隠すなんて卑怯よ。怠慢じゃないの!」
「いや、もし言っても信じて貰えないですし、例え信じて貰えても実験のモルモットにされて、最悪死ぬかこの力が無くなるだけでしょ」
「本当は独占したくて隠してただけなんでしょ。そんな嘘にはだまされないわ。それにモルモットって、動物を引き合いにだしてかわいそうだと思わないのかしら? サイコパスなんじゃないの」
「それは例えでしょう!」
「何の!?」
「実験の被験者である僕の! 確か昔はモルモットが薬とか病気の治療法の実験をする時に使われていたはずです」
「そんなの聞いてない! ようは、あんたが犯罪者ってことなんでしょ」
自分の中で答えを決めつけて話しているせいで、何をこちらが言っても聞く耳を持ってくれない。このまま話していても埒があかない。それに、大声を出したから他のお客さんが寄ってきている。店内からだけど、店員さんもちらちらこちらを見ている。通報されるのは面倒だ。これ以上悪評は立てたくない。いや、むしろ警察に事情を説明した方がいいかな? でも、能力を説明する前に自傷行為に移った時点で拘束されるか。何にしても、ほとぼりが冷めるまで待ちたいのが正直な気持ちだ。
「あ、来たわ」
「え?」
女性が見る先にはパトカーが来ていた。サイレンなんて聞こえなかったぞ? あえて鳴らしていなかったのか?
「これで丸く収まるわ。せいぜい、迷惑をかけた人達に謝れ。許されるかは知らないけどね」
したり顔で女性が言った。しかし疑問だ。警察がすぐに来たということは、何らかの動かざるを得ない理由があったはずなんだ。どう、何を通報したんだろう? もう誰か被害届をだしたのか?
「どう通報したんですか?」
一応聞いてみた。
「どう? 詐欺師に会いましたって言ったのよ。あと、最近出没してる不審者もあんたかもしれないって」
正直に答えてくれたが……。僕と話している時に電話をした素振りは一切なかったから、声をかける前に通報したんだな。でも、
まあ、なかなか賢い手ではあるな。僕自身じゃなくて、“詐欺被害に会った。しかもその詐欺師が現場にいる。ついでに町の人を脅かす不審者の可能性もある”なんて、説明も少なくて済むし、言われてしまえば動かないわけにもいかない。警察の人もパトロールしてるって言ってたし、すぐに駆け付けられても不思議じゃないな。
でも、困った。車から降りてもうそこまで来ている。どうせスクーターじゃパトカーは撒けないから、降りてくれないことには始まらないんだけどさ。かと言って、このままここにいて話をしたとしても、あの女性が僕のことを
なら、隙を見て逃げるしかない。
こんな使い方は初めてだし、何だか抵抗あるけど仕方ない。
「ご通報して下さったのは貴女ですね?」
眼鏡をかけた警察が僕達二人を見てから確認を取る。いつの間にか、
「はい、そうです。この男が詐欺師で」
さっきまでの人の意見なんて聞かないような威圧感は捨てて、随分親しみやすそうな、本当にいい意味で大人な雰囲気で女性は応えた。
「僕は詐欺なんてしていません。誤解です」
一応弁明はしないとね。
「でも、よっぽどの事が無い限り詐欺と思われるなんて無いですよね。事情聴かせてもらえますか?」
「この男、テレビで取り上げられたあの詐欺師なんです」
女性がいらない捕足に入った。
「テレビ?」
「はい。募金目当てで、子どもが大怪我をして植物状態でって……」
「ああ! 見ましたテレビでもSNSでも問題になっていますね。確か芸能人だけじゃなく一般の人も被害届を出すって聞きましたね」
「ほら! ね、やっぱりあんたは悪人なのよ!」
「だから、していないですって!」
「まあまあまあ」
思わず大声を出して異議を唱えた僕を警察の人がなだめた。
「それで、現在詐欺被害に遭われたんですか?」
「いえ。でも、難しい事言って私を騙そうとしたんです……。早く逮捕してください」
「そうですか……。でも、それでは今逮捕する事はできませんね」
「なんでですか!?」
青天の霹靂と言わんばかりに女性は驚いた。
「証拠も無いようですし、被害届も受理されていません。それに、現行犯でもないなら逮捕はできないんですよ」
「そんな!」
これは、そのまま捕まらずに行けるかな。
「でも、状況が状況ですし任意同行して貰う事はできます」
「ありがとうございます~」
一転、女性は満足げな顔をした。マジか……。
「えっと、僕は本当に詐欺なんてしてないですし、騙そうとしたっていうけど、ただ僕は説明しよう────」
「はいはい。そういうのは署で聞きますから」
警察は僕の言葉を遮る。
「だから、僕にはちゃんと怪我とか病気を治す────────」
「大丈夫大丈夫聞く、聞くから。無実なら任意同行されても問題ないでしょ」
「いや、でも……」
警察は僕の腕を掴んで半強制的にパトカーに連れていこうとし、僕が抵抗しようとしたら能面みたいな表情の無い顔になった。
「それともやましい事でもあるの?」
仕方ない。使わずに済むならと思ったけど……。少なくとも、この警察に話しても協力は仰げないだろう。今の所は逃げて、話を聞いてくれる人を探さないとダメだ。ハッピーエンドなんてあるのか分からないけど、条件としては公的機関に認めて貰わないとまともに生活もできなくなる。ここで捕まる訳にはいかない。
「あ゛ー!! 警察なら、人の言う事くらいちゃんと聞いてくれ!!」
僕が急に叫んだので、警察が驚いて振り向いた。
「何だ!?」
今だ。
「目見開いて、よーく見ろ!」
僕は今できる最大限の強い光を、警察の目に向かって放った。眼鏡がその時飛んでしまったのは、少し申し訳ない気持ちになったけど、まあ、仕方ない。
「うぐぁっ!」
目くらましを食らった警察は僕の手を反射的に離して目を抑えた。
「よし!」
上手く行った。この隙に僕は予めエンジンをかけておいたスクーターに乗った。
「ちょっと、待ちなさい!」
そんな呼び止めには応じられない。『怒らないから』と言われて待つ子どもはいないんだ。
僕は囲んでいた人をすり抜けて、この場から逃げだした。
これからは、もっと慎重に行動しなければならないだろう。と思いながら、僕は少し憂鬱になりつつスクーターのスピードを上げたのだった。
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