夢のヒーロー
是呈 霊長(ぜてい たまなが)
第1話
────────これは何てことの無かった僕が見た、大切な
「ありがとうございましたー」
僕は買い物を済ませたお客さんに笑顔で挨拶をする。
「いつも、ありがとうね」
するとお客さんも釣られて笑顔で返す。
僕は接客中は笑顔でいるよう心掛けている。それには理由があって、コミュニケーションを取るとき、片方が笑顔であれば相手も笑顔になるから。笑顔になれば気持ちがいいし、ギスギスからくる変な緊張感だとか、トラブルも減ってお互いWin-winだ。
でも初めから笑顔で人と接していたわけじゃない。そう、初めはお客さんが不愛想なのに僕だけ笑顔で接するのは、何だか不公平に感じたから酷く不愛想だったのを憶えてる。けど、ある日とても良い笑顔のお客さんが来たんだ。
僕の笑顔も無い、心もこもっていないお礼に対して、とても嬉しそうにお礼を返してくれたんだ。そのお客さんの顔はもう憶えちゃいないけど、ついでに年齢も性別も憶えちゃいないけど、僕の心に稲妻をもたらしたのだけは鮮明に憶えている。
それでその笑顔のお客さんが帰って、ぼーっとしてると次のお客さんが来たんだけど、そのおじさん、何時もしかめっ面なのに今日に限って笑顔なんだ。──────不思議だな。って思っていたら、その人何て言ったと思う?
「気持ちの良い笑顔だな!」
ってさ。ああ、さっきの人の事かと思って、確かにな。と顎に右手を持っていったら、
「あんちゃんの笑顔に釣られて、こっちまで笑顔になっちまったよ」
口角が確実に上がっている。つまり、僕自身が笑顔になっていたんだ。
久しぶりに笑っちゃって、おじさんも少し訝し気に見てきたけど、楽しくなったのか一緒に笑ってくれて、何だかその日は特別な日になった。笑顔で接する内にそのおじさんとも、他のお客さんとも仲良くなって、笑顔の大切さを理解した。
自己紹介がまだだったね。僕は、何となく一人暮らしつつ、個人商店で
そういえば、小さい頃はやりたい仕事がいっぱいあって悩んだ気がするけど、忘れてしまって思い出せないな。ちなみに今は特にない。それに、したくもない仕事に責任をもって一生を捧げるならいっそ、このままの気楽な方がずっと良い。
交友関係なんだけど、僕には今友達とか恋人なんて言える人は一人もいない。…………気がする。
仲良くなった所でお客さんはお客さんだし、雇ってくれてる山田さんも、友達という感じはしないな。
なら、何処かに遊びに行ったり、お酒でも飲みに行けば、その場で誰かと意気投合でもして友達の一人や二人できるんじゃないか? と言う質問は聞けないよ、その時の僕は別に孤独が嫌でもなかったし、親しい人物は必要と感じなかったんだからね。それに、名前が平凡なのはそうとして、顔も平凡だから、話したとしても印象に残らないんじゃないかな?
そんな冴えない僕だけど、一つ趣味があるんだ。これだけは譲れない。趣味を職に繋げられればいいんだけど、これが難しい問題でね。中学生の時の進路希望調査に書いて、先生や親からふざけているのかと、こっぴどく怒られて以来仕事にするのは諦めてしまったんだ。でも、こっそりやっているのはきっと何か自分に役割が有ると信じたいんだろうね。
良し、長々と自己紹介に付き合ってくれてありがとう。でも、ここから始まる物語は、怪物なんて出やしないし、空を飛んだり、隕石が降って来るみたいな派手な出来事はないからね。ちょっとした日記みたいなものさ。誰かがこれを読んでいるかもしれないから、できるだけ面白く書きたいけど、至らないところが有れば笑って欲しい。
夜の八時頃に街へ繰り出す。僕の趣味は家の中ではできないからね。それで、少し脇道に逸れた住宅街に入りお目当てのモノはないか物色するんだ。ああ、先に行っておくと泥棒でも、暴力を振るう事でもないから安心してね。
「今日はここがいいかな?」
古めかしいけど中々大きい病院で、噂では入院した人は死ぬまで出られないらしい。とは言っても、別に悪い病院じゃないんだ。名医なんかが揃ってる病院で、もう手術や薬では助からない病人や、怪我人を受け入れて亡くなるまで面倒見ているから、噂の言ってることは本当だけど、語弊がある言い方で好きじゃない。
「おっと」
数人ほど出入口から出て行こうとしていたので、急いで僕は建物の陰に隠れる。多分お見舞いに来ていた人達だね、確か面会時間が八時までだから。それでも慎重に様子を見て、静かになったところで行動に出る。
「よし、始めるか」
この時を待ってたんだ。僕は排水管や窓のサッシに手をかけて壁を登る。もう手慣れたものだ。正面から入らないのは、顔バレしたくないからだ。だからこそいざという時の為に通販で買っておいたマスクを着けている。色々悩んだ結果マスカレイドで着けるようなマスクにした。特に理由はないけど、何となくマスカレイドって優雅なイメージが有ったからこれを選んだんだ。行ったこと無いから完全に想像なんだけどさ。
「今日は、どんな人にしようかな?」
開いていた廊下の窓から病院に侵入して、バレないように慎重に病室を巡っていく。まだ起きている人も少なく無いから、そういう所は避けつつ進んで行く。古い病院だからかカメラが少ないのは助かる。
できれば重症の方がいい。もう一度言うけど、悪い事をするわけじゃないよ、不法侵入にはなるかもしれないけど、それくらいは大目に見て欲しい。
「あ……」
思わず声が出る。その病室で寝て居たのは人工呼吸器に繋がれ、至る所がギプス等で固定されてる、見るからに痛々しい姿の男の子だった。年齢は…………、六歳か。まだまだこれからじゃないか。
飾られている花がしおれている。もう何日もお見舞いには誰もきていないみたいだ。辛いけど、親にも生活があるし、色々お金がかかるから毎日行くのは時間的にも、精神的にもキツいものがあるはずだ。だからお見舞いに来れなくなってしまう親もいる。
「この子にしよう」
僕は男の子の手を握る。手から淡い光を放ち、その子の全身を包む。
「ん……?」
男の子が目を覚ました。まだ
「ふぅ………」
ミッションコンプリート。さっきまでいた病室が騒がしい。さっきの男の子含め、怪我人とか病人が皆
そう、僕は病気や怪我を治す力がある。そして、それを使って人助けするのが趣味なんだ。親や親せきさえもこの能力については誰も知らない。と言うか、子どもの頃教えたんだけど、信じてくれなかったって言うのが正解かな。
待った。ひとりだけ知ってる人いる。憶えているか判らないけどね。
まずこの能力を知ったキッカケだけど、小さい頃、小学校に上がる前だったかな? 近所に住む女の子とよく遊んでたんだ。その子と僕は仲が良くて、いつも一緒だった。おままごともしたし、戦いごっこもしたし、お互いのしたい遊びに文句も言わずなんでも楽むくらい仲の良い友達だった。でも、ある日お別れの日がやってきた。
両親の離婚によって僕は引っ越しをしなくちゃいけなかったんだ。でも友達にお別れを言うのが悲しくて、とうとう引っ越し当日まで言えずじまいになってしまった。でも声は聞きたくなって母に携帯を借りてその子の家に電話を掛けたんだ。
『〇〇です』
大人の女の人の声がした。名字は合っているからきっと友達のお母さんに違いない。電話だと見知った人でも別人な気がして、どうも苦手なんだ。
それで僕が名乗ると、『娘から話をよく聞いている』だとか、『いつもありがとう』とか言われたんだけど、残念ながら友達は家に居かった。僕を待っていたから。罪悪感を覚えつつも、もう家を出る準備をしないといけないから切ろうとしたんだ。その時、『これからもよろしくね』
そんなこと言われたら、黙って行けなくなっちゃうじゃないか。
僕は言葉に詰まりつつも、友達のお母さんに離婚の事、引っ越しの事を話した。すると、『娘を向かわせるから少し待ってて』と言って電話が切れた。
準備も済み、夕方で肌寒くなってきた頃、電話からもう一時間が経とうとしていた頃。僕の家から公園までは十分もかからないし、その子の家も五分とかからない所だったから、ここまで遅くなるのはおかしい。だから、何か用事ができたのかもしれないし、何かあったのかもしれないと、母がまた友達の家に電話をかけたんだ。
『娘は既に家を出ています』
血の気が引いたのを感じた。天気予報で午後から雪が降るくらい寒くなると言っていたけど、そんな外的要因で寒くなったんじゃないって事くらい、子どもでも判った。
「△△!?」
僕は気付いたら家を出て駆け出していたよ。母に名前を呼ばれた気がしたけど、振り向きもせずに夢中で。
公園にはいなかった。雲がかかっていたからか、いつもの楽しい公園が凄く寂しい感じがした。でも、今はそんなことにはかまってちゃいられない。すぐに別の道へ向ったら、道路の真ん中にその子はいた。
人通りの少ない所で、車も殆ど通らないその道で、血だらけになって倒れていた。今ならひき逃げにあったんだとすぐに分かるけど、その時は何が何だか分からず気が動転して、その場でただ突っ立ってるしかできなかった。でも、ふとその子が戦いごっこをして遊んだ後に『私が悪いやつに襲われたらたすけてね』ってよく言っていたのを思い出して、一歩ずつ、怖いけど一歩ずつ近づくことができた。
「助けなきゃ。僕が助けなきゃ」
すぐに大人に頼むか、救急車を呼べばいい。そんな事は思いつかなかった。余裕が無かったからね。
でも、助けたい。助けなきゃ。こんなお別れは嫌だ。って必死にその子の手を握った。
すると、光が溢れてきた。
その子はすぐに立ち上がり、「ありがとう」と言って僕を抱きしめた。
「助けるって約束したから」
何が起きたか混乱しつつもそう言うと、笑われて少し恥ずかしかった。でも、その子の笑顔に悪気はなくて、何だか温かくて、笑いながら僕も泣きそうになってしまった。泣かなかったけどね、男の意地ってやつ。その時ヒーローになりたいって夢ができたんだ。何をすれば成れるのか分からなかったけど、少なくともここで泣くのは決まりが悪い気がして、目を思い切り瞑って泣くのを我慢した。
そして少し思い出話をした後別れを告げて、いつかまた会う約束をした。
心配になって友達を送って行ったんだけど、その子のお母さんの心底驚いた顔は、いつも穏やかな人だったからこそ衝撃でよく憶えている。服の血は鼻血って嘘をついてやり過ごした。実際怪我は無いわけだし、怪しくても信じざるをえないのが本音だろうけど。僕たちの別れは笑顔で幕を閉じた。距離が離れて疎遠になって電話の回数も減って、この日から一度も会えてない。本物のヒーローに成れないことの後ろめたさから、余計に会いに行けなくなっている。今頃あの子はどうしているだろうか?
けど、何にしてもこの日は僕にとって宝物だ。人を助けるたびにあの子の笑顔と『ありがとう』を思い出す。
中学生の時の進路希望調査表に
────────そうすればいつかあの子に会える気がして。
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