短期記憶よわよわの世界

新雲けい

1. 未開封のペットボトルの蓋が開いている

 帰宅途中に寄ったコンビニで購入した500mlペットボトルのお茶を飲もうとしたところ,キャップが密閉されていないことに気づいた。帰ってきてから家族の誰も触っていない,未開封のはずのペットボトルである。

「なんで開いているんだろう」

 少し不安になる。

「もしかして,買う前から?」

 昔,毒物混入の事件があったな,と一瞬頭をよぎる。ジュースに毒物を混入させる無差別殺人。もしかすると,と思うと怖い。しかし,一口も飲んでいないのに捨ててしまうのはもったいない。喉も渇いた。そして何より,私は私の物忘れの酷さを知っている。

 私はこの新品のお茶を開けた記憶も飲んだ記憶も一切ないが,私の場合それを忘れてしまっている可能性が大いにあるのだ。近所のコンビニで無差別殺人を企てる人がいると考えるよりも,私がお茶を飲んだ事実を忘れていると考える方が現実的な気がする。

「自分で開けた,かな」

 多分そう。大丈夫,大丈夫。少し勇気を出して一口飲む。


 こういったことが頻繁にある。我ながら,ほんの数分前の記憶がなくなってしまうというのは不気味だ。忘却の速さに恐怖も覚える。あまりにも忘れっぽいが過ぎないか。

 いつ頃から忘れやすくなったのかも覚えていない。「忘れてしまったこと」を忘れていることもあるからどのくらいの物事を忘れているのか分からない。私は基本的に自分の記憶に自信がない。忘れてしまうから,忘れっぽさが悪化してるのか現状維持しているのかも分からない。


 今も目の前にコンビニで買ってきたばかりのペットボトルのお茶があるが,いつの間にか一口飲んでいるようだ。

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