第19話 秘めたる才能

 昼食を食べてから、僕とミィスは迷宮へと向かうことにした。

 いつもの森の中ではなく迷宮を選んだのは、こちらの方が魔獣が大量に徘徊しているからだ。

 もちろん危険度も森の中とは比べ物にならないが、数日前に探索隊が表層付近を調べ上げたので、魔獣の数はかなり減っているはず。


「というわけで、手ごろな敵を探してみよう。ミィス、この階層で一番弱いのは何かな?」

「えっと、この辺だとホーンドウルフとかゴブリンじゃないかな」


 ホーンドウルフは前回探索隊に参加した時に倒した、虹色の角の生えた犬のことだ。

 虹色の角は体内魔力が凝縮して突き出したもので、魔晶石として様々な用途に使用される。

 それが突き出したホーンドウルフは、弱いわりにおいしい獲物として認識されている。


 今回、ミィスが主力になってもらうつもりなので、光源となるランタンは僕が持っている。

 魔法は片手が自由なら使用できるので、ランタンを持っていても問題ない。

 魔法の発動に必要なのは、視認、発声、照準だ。視認のために対象が見えていなければならず、発声で魔法名を口にし、照準のために片手を標的に突き出す必要があった。

 逆に言えばそれしか必要ないため、見えて、喋れて、手を突き出せれば魔法は使える。


「じゃあ、その辺を狙ってみようか。失敗しても僕がサポートするから、安心して」

「不安だなぁ」

「なにおぅ!?」

「痛い、痛い! あと当たってるから」


 背後からミィスに抱き着き、頭を空いた片手でぐりぐりと抉る。

 ミィスはその痛みにもがくが、もちろん逃がしたりしない。

 あと当たっているのはわざとである。アピール大事。超大事。


「っと、騒ぎ過ぎたかな? さっそく来たみたいだよ」

「あ、ホントだ」


 僕たちの声を聞きつけたのか、シタシタという足音がこちらに向かってくる。

 と言っても薄暗い迷宮の中。視認するほどには至っていない。

 しかも足音がする方角は、十メートルほど先で曲がり角になっていて、その先が見えない。


「足音の数は一つ。リズムからすると四足歩行。ホーンドウルフで間違いない?」

「ラッシュボアなんかもいるけど、この軽い音はホーンドウルフで間違いないと思う」


 ミィスは矢を矢筒から引き抜き、炎嵐弓に番える。

 そしてキリキリと弦を引き絞って、通路の先に狙いを定めた。

 最初は通路の上方を狙っていたが、少し首を傾げた後、その鏃の先を水平近くまで下げていく。

 これは以前の弓と今の弓で、軌道が大きく変わるための挙動だろう。

 そうしているうちにホーンドウルフがかどから姿を現し、同時にミィスは矢を放った。

 同時に、放たれた矢が弦の張力に耐え切れず、バキンと砕け散る。


「ええっ!?」

「うっそぉ!」


 ボクとミィスの驚愕の声が同時に響く。

 しかしホーンドウルフは、そんな事態を斟酌しんしゃくしてくれない。

 こちらの隙を見逃すまいと、全速力でこちらに駆け寄ってくる。

 ミィスは次の矢を放っていいのか、とまどっていた。また矢が砕けるのではないかという恐れがあるためだ。


 なので僕が攻撃魔法を発動させる。

 腕を突き出し、【火弾】の魔法を起動し、放つ。

 前回と同じく二メートル近い火の弾が飛び出し、壁に衝突してから弾けて消える。

 その途中にいたホーンドウルフに至っては、骨も残さず消し飛んでいた。


「……えっと、平気?」

「うん、ありがと。まさか砕けるとは思わなかった」

「僕もだよ」


 弓の性能が高すぎて、ミィスが普段使いしている矢ではその威力を支えきれなかったのだろう。


「どうしよう、これじゃ撃てないよ」

「そうだねぇ。いっそ矢も僕が作ろうか?」

「え、ここで?」

「ここでできないことも無いけど、襲撃とかあるから今は無理かなぁ」


 ゲームと違い、キャンプを張れば敵が襲ってこないということはない。

 ここで錬成している間に襲撃される可能性は、捨てきれない。


「でもね? 作るのは無理でも、すでにあるモノを使うことはできるのだよ」

「え?」


 僕はそう言うとミィスの方に手を差し出し、そこに鉄製の矢を十本ほど取り出してみせた。


「え、いいの?」

「僕は使わないからね。ミィスが使うならちょうどいいじゃない」

「使わないのに、なぜ持っているのか?」

「乙女の秘密だよ」


 正確に言うと、アイテムコレクターな気質があった僕は、矢ももちろん収集していたからだ。

 そして一本だけがインベントリーにあると寂しく思えたので、収納枠一杯まで集めてしまった結果である。

 十年以上同じゲームをやっていると、そう言うことの一つや二つはある……はずだ。


「ほら、さっきの爆音を聞きつけたのか、お代わりが来たみたいだよ」

「あ、ホントだ」


 今度の足音は三頭分。

 盛大に壁を【火弾】が叩いたため、僕たちの存在を嗅ぎ付けたのだろう。

 ミィスは矢筒の空いた場所に鉄の矢をねじ込み、そのうち一本を弓につがえる。


「うわ、重……」


 その矢の重さに驚きながらも、炎嵐弓の弦を引き絞った。

 本来ならばミィスの筋力で弾けるはずもない強弓。しかし性能のサポートで易々と引き絞ることができる。

 珍しく鋭く険しい視線で通路の先を見つめ、そこにホーンドウルフが姿を見せた。


 その瞬間、ミィスは鉄の矢を放った。

 今度は砕け散ることはなく一直線に飛翔し、ホーンドウルフの角の下、眉間の部分を正確に射貫く。

 ホーンドウルフは後方に吹っ飛び、壁に衝突して縫い付けられてしまった。

 その間にもミィスは二の矢、三の矢を放ち、壁に三つのホーンドウルフのオブジェが完成してしまった。


「うわぁ……」


 その冷酷無比な攻撃に、僕は思わず声を漏らした。

 っていうか、ミィスの弓の腕、普通に凄いじゃないか。

 どうしてこの腕前で、成果を上げられなかったのか?


「ミィス、実は凄い子?」

「そんなことないよ。獲物とかほとんど狩れなかったし」

「それは筋力が無かったからで……ああ、そうか」


 彼は何の補助も無ければ、ゴブリンの皮膚すら貫けない弓力しかなかった。

 だから彼が狩るのは鳥やウサギといった小動物ばかりだ。

 これらは村に危害を与える動物ではないので、評価には繋がらなかったっぽい。


「僕が狩れる獲物って、小さい奴ばっかりで、たまに上手く目に当たった時にゴブリンを倒せるくらいだよ」

「つまりミィスは常に獲物の目を狙って撃ってたと?」

「うん」


 そんなハードな狙撃を繰り返していたのなら、そりゃあ腕前も上がるだろう。

 今後は炎嵐弓のサポートもあるし、彼も成長して力も増していく。

 そう考えると、ミィスは将来有望な狩人ではなかろうか?

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